つつじの花 진달래꽃 12

サイバー中継: ハングルの詩のある風景

つつじの花 진달래꽃 第12回

詩子アナ:地方によって歌にも特徴があるようですね。「십 리도 못 가서 발병 난다」の「10里」というのはマラソンの距離ぐらいのことを言っているのですか。

歌樽先生:では、これを問題にしましょう。

第24問:「10리(里)」とはどのくらいの距離でしょうか。

1)2km位   2)4km位   3)8km位   4)16km位

詩子アナ:1里はおよそ4キロですが、選択肢の最大値が16kmということですから、日本の里とは単位が違うようですね。

歌樽先生:「십 리도 못 가서 발병 난다」は「10里も行けないうちに足が痛くなる」といった意味ですから、これを参考にしてみてください。

詩子アナ:普通に行ける距離なのに、私を置いて行くので、その距離さえ行かないうちに足が痛くなってしまうといった意味合いなんでしょうか。

歌樽先生:そういった意味ですね。今でも田舎のお年寄りは20里とか30里などという表現をしていますよ。つい最近まで、2-3時間歩くのはなんでもありませんでしたからね。

詩子アナ:はあ、そうですか。大ヒントですね。分かりました。

第24問:2)4km位、です。

時速4キロだとすると、2キロだと往復しても1時間ですし、8キロだと片道で2時間、往復で4時間ですから、これはちょっと大変なので、4キロがぴったりかなと思いました。

歌樽先生:ヒントを言い過ぎましたね。

詩子アナ:ヒントで助かりました。「십 리도 못 가서」は言い換えれば「1時間も歩かないうちに」と言う意味なんですね。

歌樽先生:では、この詩の最大の難関に挑んでみましょう。

詩子アナ:ウワー!最大の難関ですか。

歌樽先生:そうですね。1996年、当時ソウル大学の先生だった金容禝(김용직)教授は「사뿐이 즈려밟고 가시옵소서.」の「사뿐이:軽やかに」と「즈려밟고:力を入れて踏みつける」は表現のバランスが合っていないという指摘をしています。(김용직김소월전집서울대학교출판부 1996 p.167)

また、それよりも10年以上前に、当時誠信女子大学で教鞭をとられていた李姓教教授 は「진달래꽃」と「변칙<아리랑>(新アリラン)」の歌詞を引用し、「表面的には極めて消極的なようであるが、内には鋭い匕首(あいくち)が込められている」という指摘をしています。(『金素月研究』새문社 1983 p. Ⅳ 43)

これをヒントに今回の詩のキーハングルの「사뿐히 즈려 밟고 가시옵소서.:(直訳)軽く踏みしめお行きください」の真意を探してみましょう。

詩子アナ:ようやく今回の詩のキーとなるハングルに到達ですか。この部分は1922年の『開闢』では「고히나 즈려밟고 가시옵소서」となっていたところですよね。

歌樽先生:そうです。そこのところをもう一度見ておきましょう。(第8回参照)

A: 가시는 길 발걸음마다
뿌려노흔  그 꽃을
고히나 즈려밟고 가시옵소서. (1922)

・・・・・・・・・・・・・・・・

B: 가시는 걸음걸음
놓인 그 꽃을
사뿐이 즈려밟고 가시옵소서 (1925)

詩子アナ1922年のAと1925年のBは詩の構造が少し違うようですが。

歌樽先生:いいところに気が付きましたね。これを問題にしてみましょう。

第25問:「가시는」が修飾するものは何でしょうか。

詩子アナ「가시는 길」と「가시는 걸음걸음」ですから、これは分かります。

第25問:Aは가시는」が「길」を修飾しているのに対して、Bは「가시는」が「걸음걸음」を修飾しています。

歌樽先生:ということは?

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