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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第18回 詩子アナ:「義巌」と言われる理由は何ですか。 歌樽先生:文禄の役で1593年論介が酒に酔った日本の武将を抱きかかえて川辺の岩から南江に飛び込み二人とも溺死したのですが、その岩を「義巌」と呼ぶようになったとのことです。 詩子アナ:その岩は今も残っているのですか。 歌樽先生:残っています。写真で見てみましょう。 詩子アナ:岩に何か文字が書かれているようですね。 歌樽先生:右(上)が「義」、左(左)が「巌」です。 詩子アナ:その日本の武将というのは誰ですか。 歌樽先生:いろんな説があるようです。韓国では毛谷村文助(けやむらふみすけ)、日本では毛谷村六助(けやむらろくすけ)と言われる場合が多いようです。六助の方は歌舞伎の「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)‐毛谷村」という演題で上演されている人物で、加藤清正の家臣になり、木田孫兵衛と名乗り、文禄の役で秀吉の朝鮮出兵に従軍したとも、また無事帰国して62歳で没したという話もあるとのことです。仇討ちがテーマとなった内容で、歌舞伎として上演される前には人形浄瑠璃や狂言でも上演されたそうです。 彦山権現誓助剱~毛谷村 | 歌舞伎演目案内 – Kabuki Play Guide – 詩子アナ:人形浄瑠璃に狂言に歌舞伎ですか?論介とは関係のない内容のようですが、驚きました。 歌樽先生:武将が誰かについても、また論介の出自についても諸説ありますが、論介が晋州の南江で日本の武将を抱えて飛び込んだ件についてはほぼ異論がないようです。 詩子アナ:チェランは南江の「義巌」を見たことがあるかもしれませんね。「萬里城」からも「팔베개 노래조(手枕の歌の調べ)」からもずいぶん離れてしまったと思っていましたが、いろんなことがいろんなところで繋がっているんですね。 歌樽先生:遠回りしていろいろ考えてみるのも長い目でみると決して無駄ではないでしょう。「萬里城」は1925年1月1日の東亜日報、「팔베개 노래조」は1926年2月『假面』3號となっていますね。ただ、作った正確な日にちは分かりません。 詩子アナ:では、どこに掲載されているものを使っているのですか。 歌樽先生:素月の師匠の金億(김억)先生が『素月詩抄』(1939.12)pp84-93のもので、素月の詩を師匠が新しい表記法に直したもののようです。実はやや違うものが4年前の『三千里』66號、(1935.10)pp248-249に掲載されています。 詩子アナ:「萬里城」という詩はチェランとの出会いとのかかわりで作られた訳ですね。 歌樽先生:そうですね。チェランとの出会いがいろんなことを考えさせるようになり、ひいては朝鮮の歴史まで遡って見つめ直すことになったのでしょう。 詩子アナ:「無主空山」に含まれる詩は素月やチェランの苦悩だけでなく、「萬里城」では諺の語句のみを駆使していることから、民族の苦悩をも同時に示しているように感じました。 歌樽先生:「無主空山」の理解も深まったようですね。 詩子アナ:素月はミミズクではなくフクロウが早く来てくれるように願っていたのでしょうね。 歌樽先生:独断と偏見的解釈からすれば、ミミズクとフクロウを見分けられる人は少ないので、ミミズクと書いてもこれをフクロウと読める人だけにフクロウと読んでくれればいいと思っていたかもしれませんね。 詩子アナ:忍耐と寛容が求められているような気もします。歌樽先生:このあたりで少し休みましょう。この先に地ビールのお店があるようですから。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第17回 歌樽先生:途中は省略して最後の4行を見ておきましょう。 嶺南[영남]의 晋州[진주]는자라난 내故鄕[고향]돌아갈 故鄕[고향]은우리님의 팔벼개. 詩子アナ:はい、では、こんな感じで。 嶺南(ヨンナム)晋州(チンジュ)わが故郷(ふるさと)よ帰る故郷はニムの手枕 歌樽先生:この歌詞にチェランの故郷の「晋州(진주)」という地名が出て来ます。 第22問:この地名はどこにあるでしょうか。次の中から選びましょう。 1)慶尙北道(경상북도) 2)慶尙南道(경상남도) 3)全羅北道(전라북도) 4)全羅南道(전라남도) 詩子アナ:「嶺南(영남)」というのは慶尚道のことですから、1)か2)ですね。 歌樽先生:二択になりましたね。 詩子アナ:二択になったからといって、易しくなったわけではないので、全く知らないことは見当がつきません。同じ「진주」でも「鎭州」と言うところもありましたっけ? 歌樽先生:高麗時代(918-1392)にありましたね。今は「鎭川(진천)」という名です。忠淸北道(충청북도)です。 詩子アナ:ここではないようですね。桜で有名なところも「진」という地名がついているところがありましたね。 歌樽先生:それは「鎭海(진해)」ですね。 詩子アナ:あれこれいっても始まりませんので、、、決めました。 第22問:2)慶尙南道(경상남도)です。 歌樽先生:これは正解というより、当たりと言った方がいいですかね。 詩子アナ:「当たり」と力なくいわれてもこちらもリアクションがとりにくいですね。「当たり!」ぐらいに言ってもらえると嬉しいのですが。 歌樽先生:今後気を付けるようにしましょう。 詩子アナ:それはありがたいお言葉です! 歌樽先生:晋州には有名な妓女がいたのですが、、 第23問:晋州の地と最も関連の深いのは次の内、誰でしょうか。 1)論介(논개) 2)黃眞伊(황진이) 3)笑春風(소춘풍) 4)可憐(가련) 詩子アナ:「可憐」というのは誰ですか。 歌樽先生:金笠(김립)、本名金炳淵(김병연)つまり김삿갓が自ら訪ねて行った詩が残っています。 詩子アナ:風流詩人、放浪詩人と言われている김삿갓ですか、なるほど。 歌樽先生:なるほどというのは? 詩子アナ:春梅、錦梅、梅花とか梅の字の付く妓女とのお付き合いが多いという印象でしたが、「可憐」という妓女との出会いもあったんですね。 歌樽先生:出会いというより、妓女の可憐のいる咸興(함흥)に3年ほど留まったそうですから、よほど可憐だったのでしょう。 詩子アナ:黃眞伊(황진이)は開城、笑春風(소춘풍)は咸鏡道(함경도)生まれですが、活動は漢陽(한양)という訳で、調べが付きました。 第23問:1)論介(논개)、です。 歌樽先生:最近は誰もが刑事になったような勢いですね。論介は全羅北道(전라북도)の長水(장수)出身ですが、晋州(진주)とのかかわりが有名です。 第24問:論介と最も関連の深いのは次の内、どれでしょうか。 1)義兵(의병) 2)義徒(의도) 3)義旗(의기) 4)義巖(의암) 詩子アナ:すべてに「義」があるということは、これは歴史的な動きか事件と見ました。 歌樽先生:久しぶりに出しましょう。「するど―い!」指摘です。 詩子アナ:先生も少しお疲れのようですね。1)~3)はどれも男性中心のようですから、決まりました。 第24問:答は4)義巌(의암)です。歌樽先生:この勢いにはかないませんね。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第16回 詩子アナ:決まりました、と言うより、見つけました。 第21問:1)옷깃(襟:えり)、です。「오다가다 옷깃만 스쳐도 전세의 인연이다:行き来で襟が触れ合うも前世の縁」、つまり「袖振り合うも他生の縁」に当たる諺という訳で、「소매:袖」ではなく、「옷깃:襟」なんですね。 歌樽先生:「옷깃을 여미다:襟を正す」という表現もありますよ。 詩子アナ:「襟を正す」という言葉を聞くと、身が引き締まりますが、先生はどういう言葉を聞くと身が引き締まりますか。 歌樽先生:「芋(いも)の露(つゆ)連山(れんざん)影を正しうす」、飯田蛇笏(いいだだこつ)の句です。 詩子アナ:確かに背骨がピシッとする句ですね。 歌樽先生:人生にもときどき姿勢を正して、スイッチの切り替えができれば助かりますね。 詩子アナ:「팔베개:手枕」という語はいつ出てくるのですか。 歌樽先生:次の4行目に出て来ます。 花紋席[화문석] 돗자리놋燭臺[촛대] 그늘엔七十[칠십년] 苦樂[고락]을다짐둔 팔벼개. 詩子アナ:花紋席といえば、江華島(강화도)が有名ですね。 歌樽先生:図案もいろいろありますね。 歌樽先生:では、姿勢を正して訳してみましょう。 詩子アナ:はい、こんな風に。 花の筵(むしろ)に灯(あか)りも揺れて苦楽共にと小指絡ませ 歌樽先生:次の四行はこんな歌です。 드나는 곁방의미닫이소리라우리는하루밤빌어얻은 팔벼개. 詩子アナ:思い切って次の四行も訳してみます。 出入り気ままな引き戸の音に今宵あなたの手枕借りて
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第15回 歌樽先生:当時南浦港と航路の開かれていたのは日本の長崎と中国の大連でしたから、「南は門司、香港、北は大連、天津」の中だとすると、大連のようですね。 https://blog.naver.com/gounikorea/222618846013 詩子アナ:あちらこちらと、ずいぶんいろんな所を回ってきましたね。素月もチェランの境遇を哀れに思っていたようですから、自分の境遇と比べてみることもあったでしょうね。 歌樽先生:そうですね。では、「팔베개 노래조(手枕の歌の調べ)」の初めの部分をみてみましょう。 첫날에 길동무만나기 쉬운가가다가 만나서길동무 되지요.(『正本素月全集下』金鍾旭(김종욱)2005 圖書出版명상 pp142-144) 詩子アナ:3音‐3音でリズムの良い歌ですね。会ってすぐには言葉を掛けにくくても、何度か出会えば自然と旅友になれるといった内容ですね。 歌樽先生:では、訳詩してみましょう。 詩子アナ: 七・七調でやってみます。 旅の初日は声掛け難く行く道々で会えば旅友 歌樽先生:出会わなければ何も起こりませんから。実は、ここまではあまり問題がないのですが、歌が進むにつれて、やや厄介な内容が出てきます。 詩子アナ:では、そのやや厄介な内容を紹介してください。 歌樽先生:思い切ってやってみましょう。次の4行です。 날 긇다 말어라家長님만 님이랴오다가다 만나도정 붓들면 님이지. 詩子アナ:「님;ニム」が3つありますね。なかなか日本語には訳しにくいですね。 歌樽先生:「임:イム」ともいいますが、一言では言えないので、辞書には「恋い慕う人、恋人、主人、夫、彼氏、あなた、愛人、親子、君臣、主、友」などの訳が付いていますね。 詩子アナ:「긇다」はあまり見ませんので、国立国語院標準国語大辞典で調べてみます。「긁다:掻く」の方言(全南)、「그르다(間違っている)の方言(全南、平北)」、「끓다(沸く)の古語」とあります。ここでは、「間違っている、正しくない」という意味のようですね。 歌樽先生:訳すとどうなりますか? 詩子アナ:「私を間違っていると言わないでよ、夫だけがニムというわけではないでしょ。行ったり来たりしているうちに会って情が湧くことがあるでしょ?そうなればニムですよ。」という内容ですね。 おかしくないわ夫でなくも道々出会い情湧けばニム 歌樽先生:では、次に行く前に問題を一つやっておきましょう。 第21問:上の詩の「오다가다」を使った諺で最も関連の深いのは次のどれでしょうか。 1)옷깃(襟:えり) 2)소매(袖:そで) 3)눈(目) 4)가슴(胸) 詩子アナ:これは、まず服の一部か体の一部かという二択にします。 歌樽先生:得意の解決法にもってきましたね。 詩子アナ:特異といわれることも多いのですが。体の一部の方は、「눈이 맞다:男女の情が通じる」「가슴이 설레다:胸が騒ぐ」などがありますね。 歌樽先生:決まりましたか。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第14回 詩子アナ:明治・大正時代の小説は漢字にルビが振られていないと読むのが大変です。スマホで調べてみます。出て来ました、丸の内あたりです。「一丁倫敦」と「一丁紐育」がありましたが、門司は東京とは違いますから。 歌樽先生:ちょっと覗かせていただきましょう。丸の内の中心が一丁倫敦のあった鍛冶橋(かじばし)通りから行幸通り周辺の一丁紐育へとですか。なるほど、ヨーロッパやアメリカへの憧れが強かったようですね。得意の二択戦略は使えませんか。 詩子アナ:そういわれては仕方ありません。究極の二択、参ります! 歌樽先生:生き返りましたね。 詩子アナ:まず、倫敦(ロンドン)、巴里(パリ)、羅馬(ローマ)はいずれもラ行があります。このラ行グループと紐育(ニューヨーク)を分けて二択にします。長音の有無で分けることもできますが、現地の音とはかけ離れたものになっていることも多く、実は説明が難しいのです。ここではラ行の音の有無で分ければ「ニューヨーク」が外れ、「ローマは一日にして成らず」「花の都パリ」「霧の都ロンドン」が残ります。 歌樽先生:これでずいぶん答えに近づきましたね。 詩子アナ:力強いお言葉、感謝、感謝です。 歌樽先生:では、次のステップに行ってください。 詩子アナ:次は、説明し難いグループと説明がつかないグループの二択を考えます。 歌樽先生:どういうことかよくわかりませんが、やってみてください。 詩子アナ:はい。門司を羅馬に比べるには無理があります。門司は港ですが、「総ての道はローマに通ず」でいわれるほどの港ではないでしょう。パリは歴史、文化、芸術の総合点で「花の都」となっているわけですから、このパリを門司が使い切るには荷が重い気がします。そこで、説明が難しい1)が残りました。 第19問:答は1)倫敦(ロンドン)です。 歌樽先生:大正解です。今回の問題は全く無意味な推測ではなかったようですね。 詩子アナ:お褒めのお言葉、大感謝! 歌樽先生:門司にはガス灯が作られて、それが霧の都、ロンドンと似ているところから「一丁倫敦」と呼ばれたそうですよ。 詩子アナ:「一丁」というのは何ですが。 歌樽先生:距離の単位では約109メートルですが、ここでは「街、町」といった意味でしょう。 詩子アナ:チェランは寧邊に来てからどのくらい経っていたのですか。 歌樽先生:半年くらいだそうです。 詩子アナ:また、ここからどこかに連れていかれるのでしょうか。 歌樽先生:そのあたりについては何も書かれていませんが、ここに来ることが出来た理由をチェランはこんな風に歌っています。 내가 여기 웨왔나南浦[남포]의 사공님날 실어다 주었소. 詩子アナ:「私がなぜここに来たのかといえば、それは南浦の船頭さんが乗せてくれたから」という内容のようですね。 歌樽先生:「내가 여기 웨왔나」の前に「三千里(삼천리)西道(서도)를」という歌詞が入っています。 第20問:では、この歌詞に出てくる「南浦」は次のどの都市と最も近いでしょうか。 1)釜山(부산) 2)仁川(인천) 3)平壌(평양) 4)元山(원산) 詩子アナ:釜山に南浦洞というところがありますね。仁川も元山も釜山と同様に港町で、平壌だけが港町ではないようですね。 歌樽先生:二択が炸裂しそうですね。 詩子アナ:そういわれると、そのような状況になってきましたね。「사공님:船頭さん」という言葉からすると港町に違いないのですが、釜山の南浦洞は釜山ですから、「最も近い都市」には入りませんから、分かりました。 第20問:答は3)平壌、です。 歌樽先生:港かそうでないかの二択で解いたようですね。正解です。 詩子アナ:そうすると、南浦から平壌、平壌から寧邊(영변)というルートでしょうが、南浦の船長さんにはどこで船に乗せてもらったのでしょうか。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第13回 歌樽先生:そうですね。「진달래꽃:つつじの花」といえば、寧邊の「藥山(약산)」ですね。 詩子アナ:素月が妓女のチェランに会ったのはそれぞれ何歳の時ですか。 歌樽先生:チェランの年齢は20歳、素月は22歳の時です。 詩子アナ:当時の妓女はどんな教育を受けて妓女になったのですか。 歌樽先生:音楽、舞踊、文学、礼節などの科目があったようです。 詩子アナ:ずいぶん科目が多いですね。 歌樽先生:絵画、時調、歌謡なども習ったようですね。では、こんな問題をしてみましょう。 第18問:素月はチェランと別れた後もチェランの歌う歌を口遊んでいたのですが、それは次のうちどこでしょうか。 1)窓辺で 2)庭で 3)海辺で 4)野道で 詩子アナ:素月はチェランの歌う歌を覚えていたんですか。 歌樽先生:この歌を紹介するに至った理由の中に、眠れない夜、静かにその歌を口遊むといった内容が書かれていますから、歌詞を覚えていたようですね。 詩子アナ:ということは、夜眠れない時の素月の行動を考えればいいということですね。 歌樽先生:そういうことになりますね。 詩子アナ:まず、家か外かの二択にしてみると、韓国の家屋は窓辺と言う概念はほとんどないようですし、素月が泊っているのは安宿のようですから、庭といっても立派なものではないという推理を勝手にしてみると、家の外という気がします。 歌樽先生:では、家の外の場合はどんなところが考えられますか? 詩子アナ:夕日を見るのであれば丘や海辺もいいのですが、眠れない夜ということですから、、、 第18問:4)野道、でお願いします。 歌樽先生:なるほど。ヒントがピッタリ当たったようですね。 詩子アナ:今まで、チェランはどんなところにいたのですか。 歌樽先生:チェランは「南は門司、香港、北は大連、天津」に連れていかれたと言っていますから、日本には門司港に入ったのでしょう。 詩子アナ:門司には当時遊郭があったのですか。 歌樽先生:「馬場遊郭」や「新町遊郭」があったようです。 http://nkj2011.blog.fc2.com/blog-entry-549.html 詩子アナ:チェランもこういった所に連れて行かれたのでしょうかね。 歌樽先生:そうでしょうね。連れていかれた香港や大連や天津にも遊郭があったようです。では、こんな問題を出してみましょう。 第19問:門司の繁栄ぶりを示すことばとして西欧のある都市の名前がついていたのですが、それは次のどの都市でしょうか。「一丁(いっちょう)〇〇」の〇〇に当たる都市です。 1)倫敦(ロンドン) 2)紐育(ニューヨーク) 3)巴里(パリ) 4)羅馬(ローマ) 詩子アナ:「一丁〇〇」ですか。どこかで聞いたことがあるような気がしますが、ずいぶん昔のことのようですね。読めるのは「巴里」と「羅馬」くらいで、「倫敦」も「紐育」もなかなか難しいですね。 歌樽先生:夏目漱石の「倫敦塔」という小説にはもっと難しい漢字がたくさん使われていますよ。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第12回 詩子アナ:「一瞬の交わりでも深い誼(よしみ)を結ぶ」というのがこの諺のメインポイントではなかったのですか。 歌樽先生:諺として認識している多くの人はそのように考えているようですね。 詩子アナ:ところで、素月はそのような経験をしたことがあるのですか。 歌樽先生:それは極めて鋭い質問ですね。 詩子アナ:極めて鋭い質問ですか?キタ、キタ、キター!これは来ましたね!ということは、詩か何かに残っていると睨みましたが。 歌樽先生:睨まれては仕方ありませんね。 第15問:実は「〇〇노래조(〇〇の歌の調べ)」の紹介文にそれらしきことが記されているのですが、〇〇とは次のどれでしょうか。 1)팔베개(手枕) 2)팔도(八道) 3)팔경의(八景の) 4)팔자(運勢) 詩子アナ:紹介文とはどういうものですか。 歌樽先生:しっかりした内容で、この詩を紹介せざるを得ない事情がしたためられています。 詩子アナ:どれも「팔」の文字がついていますね。「八道」というのは京畿(경기)、忠淸(충청)、慶尙(경상)、全羅(전라)、黃海(황해)、平安(평안)、咸鏡(함경)ともう一つはどこでしたっけ。 歌樽先生:「雪嶽山(설악산)」のある「江原道(강원도)」ですね。これも二択に直して考えてみますか。 詩子アナ:難しいですね。あっ!ありました。 第15問:答は、1)팔베개、「팔베개 노래조(手枕の歌の調べ)です。 歌樽先生:答を見つけたようですね。では、いくつか質問をしますから、調べながらでいいですから答えてください。 第16問:素月の詩集『진달래꽃:つつじの花』が出版されたのは1925年12月のことですが、この「手枕の歌」を聞いたのは「甲子年の秋」だったと書かれているのですが、これは西暦何年のことでしょうか。 1)1922年 2)1923年 3)1924年 4)1925年 詩子アナ:これはお茶の子さいさいです。 第16問:答は3)1924年です。 歌樽先生:「お茶の子さいさい」とは久しぶりに聞きました。「茶」の字で思い出しましたが、丁茶山 (정다산:本名丁若鏞(정약용)1762-1836)の記した『耳談續纂(이담속찬)』、中国と朝鮮の諺を集めた本なのですが、その中に「一夜之宿 長城或築:일야지숙도 장성혹축이라)」という諺が出ています。 詩子アナ:茶山といえば實学者ですよね、その方も興味を持った話だったのですか。 歌樽先生:内容が内容だけに興味を持った学者は他にもいたようですが、結局「男女関係での警戒と慎重さ」とか「何に関しても準備が大切」といった解釈に落ち着いたようです。 詩子アナ:諺の解釈がずいぶん変わっていますね。 歌樽先生:儒教的な考え方からすれば、教訓が必要で、それを「警戒」とか「準備」とかに求めたのでしょう。ところで、なぜ1924年という答えが「お茶の子さいさい」なんですか。 詩子アナ:甲子園球場ができた年が甲子年にあたるという話を父から聞いたことがありますから。 歌樽先生:なるほど。実は干支(えと)で「甲」の付く年は西暦では一桁がいつも「4」になるんです。ちなみに4444年も甲子年です。 詩子アナ:西暦4444年といえば2400年以上も先のことですね。干支はまだまだ続くのでしょうか。 歌樽先生:えーと、ちょっと考える時間を、、、干支よりも人類が続いているかどうかの方が心配です。栄えた文明は滅びるということであれば、発展すればするほど心配になりますね。 詩子アナ:素月と妓女は発展したのですか。 歌樽先生:微妙なことを聞いてきますね。では、こんな問題を。 第17問:この歌を歌ったのは「채란:チェラン」という名の妓女ですが、素月が彼女と会ったのはどこでしょうか。次の地名から選びましょう。 1)천안(天安) 2)영변(寧邊) 3)정주(定州) 4)남원(南原) 詩子アナ:いろんな地名が出てきますね。 歌樽先生:これらの地名は詩集の詩の中にも出てきます。 詩子アナ:これは、何といってもこれしかないでしょう。 第17問:答は、2)영변(寧邊)です。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第11回 詩子アナ:烈女になるのは大変だと聞いたことがありますので。 歌樽先生:どんな風に聞いていますか。 詩子アナ:守節のために入水したり、縊死したり、夫を助けるために火の中に入ったり、息子を虎から守るために腕を虎に食べさせたり、夫の死後、長い年月を外部との接触をたち、墓の前で寝泊まりして何年も毎日祭祀をするとか、それはそれはとても尋常でないお話を伺ったことがあります。 歌樽先生:「烈女」はなりたくてなるものではありませんね。では、こんな問題をやっておきましょう。 第14問:「烈女」を決めるのは次の内どれでしょうか。 1)邑長(읍장) 2)宗家(종가) 3)観察史(관찰사) 4)朝廷(조정) 詩子アナ:邑長(읍장)というのはいわば村長さんとか市長さんとかそんな感じの人ですよね。宗家は一族の長、観察史は都道府県の知事といったところでしょうか。 歌樽先生:観察史の力は莫大でしたね。三権をすべて握っているくらい強い力を持っていましたね。 詩子アナ:オ、ホホホ。これで答は明確になりました。 第14問:答は4)朝廷です。「旌閭(정려)」や「旌門(정문)」は朝廷からのお達しのようですから。 歌樽先生:これは一本取られましたね。烈女を称えた旌閭の写真を見ておきましょう。 詩子アナ:この「慶州金氏」が烈女になったのはどんな経緯ですか。 歌樽先生:こんなことが書かれています。 忠淸北道淸州市興德區松節洞にある吳世煥の妻は夫が病死するや、直ちに飲食を止め悲しんでいたが、葬式後に25歳の若さで縊死した。 詩子アナ:いつのことですか。 歌樽先生:1752年(英祖28)4月ですから、江戸時代の中頃にあたりますね。 詩子アナ:烈女閣は全国にあるんですか。 歌樽先生:津々浦々にあるといっていいほどありますよ。 詩子アナ:話が元に戻りますが、結局妻の夫は家まで帰れた訳ですよね。 歌樽先生:そうですね。妻の夫は無事に帰って来られたようですよ。 詩子アナ:そうすると、男は万里城の築城の仕事をさせられ続けて戻れなかったということですね。 歌樽先生:そういうことですね。 詩子アナ:スマホで韓国の「国立国語院標準国語大辞典」が検索できるのですが、これには、 만리-성(萬里城)[말ː리성]:매우 긴 성(とても長い城) 하룻밤을자도만리성을쌓는다: 잠깐 사귀어도 깊은 정을 맺을 수 있음을 이르는 말. (短い期間付き合っただけでも深い情を交わしうることを指す言葉) 別の辞書では「一瞬の交わりでも深い誼(よしみ)を結ぶ」とあります。 この男が最終的にどうなったか心配ではないんですか。 歌樽先生:この諺では男の方に同情するといった雰囲気は全くありませんね。 詩子アナ:それじゃあ、その男がかわいそうではないのですか。 歌樽先生:そういう考えは諺が出来た当時はおそらくなかったでしょうね。身分制度が厳しかったせいもあるのでしょう。塩の行商人であったり小作人であったりという男の設定がすでに身分制度を背景にした物語のようですから。
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第10回 詩子アナ:時代はいつ頃の話ですか。 歌樽先生:万里城の築城ですから、それはそれは古い話のはずですが、完成後の保守や修繕を考えれば、時代を確定させることは難しいですね。 詩子アナ:ますます微妙になってきましたね。これはもともと中国の話ですか。 歌樽先生:元は中国の話のようですが、この話に尾ひれがついてくると、もうどうにも止まらなくなってしまって、自国に合った話にどんどん置き換えられてしまって、より身近な隣村かお隣ぐらいの感じで語られるようになったようですよ。 詩子アナ:では「万里城」が万里の長城ではないかもしれないのですか。 歌樽先生:いえいえ、これはやはり万里の長城でないとだめでしょう。妻が文章を書けるというのは相当な家柄だったということでしょうし、こういう家柄の場合、妻が一人でいるということも考えにくいのですが、そういうことはすべて端折って、朝鮮王朝時代のこと仮定して、話を進めていきましょう。 詩子アナ:なにがなにやら分からなくなってきましたが。 歌樽先生:驚きましたか? 詩子アナ:もっと驚くというのがこんな驚きとは知りませんでした。 歌樽先生:いえ、驚くのはこのポイントではないのです。 詩子アナ:まだ先ですか。 歌樽先生:かなり先になりますが、できるだけ早めに驚いてもらえるようにしましょう。 詩子アナ:では、どんどん端折って、先にいきましょう。 歌樽先生:では、気になる所は目を瞑ってもらって、スルーしてよいことにしましょう。ここで、問題になるのは妻に対する評価です。 第13問:妻は夫からどのように評価されるでしょうか。 1)恥知らず 2)良妻 3)賢者 4)烈女 詩子アナ:話の腰を折るようで申し訳ないのですが、何だか物語を作るための話のような気がしてならないのですが、、、 歌樽先生:そういう面がない訳ではないでしょうね。実際にあったかどうかは別にして、多くの人が興味を持って今日に至っている訳ですから。このことを押えて、話をもとに戻しましょう。 詩子アナ:妻の評価ですか。「恥知らず」から「烈女」まで、ずいぶん評価の幅がひろいですね。 歌樽先生:立場が違えば評価もずいぶん違ってきますからね。 詩子アナ:騙された男からすれば、詐欺師だというかも知れませんね。 歌樽先生:そうですね。ただ、それは結果論で、もし夫が一晩一緒に男と寝たことが許せないと考えて妻の元に帰るという選択をしなければ、妻は男との約束を守った可能性もなくはないとも考えられますよね。 詩子アナ:もし男が万里城の築城現場に行かず、途中で行商を続けていたら、男が詐欺師となり、一方妻は騙されたことになりませんか。 歌樽先生:そうなりますね。 詩子アナ:詐欺師という項目を入れ、夫、夫の父母、男、男の父母、村人などの立場から見て、妻の評価を考えてみましょう。 第13問:こんな表にしてみました。 立場 恥知ず 良妻 賢者 烈女 詐欺師 夫 ー 〇 △ ー ー 夫の父母 △ △ △ ー ー 男 ー ー ー ー 〇 男の父母 ― ー…
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紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第9回 歌樽先生:正解です。京都にはいろんなしきたりがあるようですね。 詩子アナ:「風呂敷包を渡す」のが「もうそろそろお引き取りください」、「ぶぶ漬でも」というのは単なる外交上の挨拶で、なにもなければ寂しいので、言ってみているだけだそうです。 歌樽先生:では、次に3行目の「쌓았다 헐었다」の入った諺を調べてみましょう。 詩子アナ:こんな諺がでてきました。 歌樽先生:どんな説明がありますか。 詩子アナ:「ああしてみたりこうしてみたりといろいろいい方法がないかやってみる」とあります。 歌樽先生:では、最後の4行目の「만리성(萬里城)」を調べてみましょう。 詩子アナ:「하룻밤」のところにもありました。 歌樽先生:「만리장성:万里城」についても調べてみましょう。 第12問:その中で最も驚いたものを選びましょう。 詩子アナ:辞書にはいろんな説明が出ていますね。 第12問:ありました。 ④男女が互いに交わることを比喩的にいう言葉。 歌樽先生:驚いたようですね。 詩子アナ:出て来ましたね、デターというデーターが出て来ましたね。④ですか。それで「万里城」が男女の関係を匂わせるような言葉となっているんですね。驚きました‼ 歌樽先生:驚くのはこれからですよ。 詩子アナ:えっ!これで十分驚いていますが。 歌樽先生:では、もっと驚いていただくことにして、次にいきましょう。 詩子アナ:どうして一晩で万里城を築城することになるのですか。 歌樽先生:一晩で万里城を築くというのではなく、万里城を築城する仕事をさせられるはめに陥るという意味です。話が込み入っていますので、箇条書きにしてみましょう。 詩子アナ:話が微妙な世界に入ってきましたね。 歌樽先生:③の塩売りの行商人の部分は隣家の未婚の男、または小作人という説もあります。 詩子アナ:いくつかバージョンがあるようですね。 歌樽先生:昔話のようなものですから、バリエーションも多いですね。 詩子アナ:それだけ有名な話なんですね。 歌樽先生:説話ですから、時代と共に変化していきますね。では、話を進めましょう。 詩子アナ:男はその手紙を読むことはできなかったのですか。 歌樽先生:男は文字が読めなかったとされています。 詩子アナ:夫への妻の手紙には何と書かれていたのですか。 歌樽先生:妻がその男と一晩寝たこと、それが許せないなら万里城を作る仕事をそのまま続けてほしい、許してくれるなら、この服を着て、家に帰ってほしいといった内容のようです。
