• 第9回 우리 식구(我が家族)

    우리 식구世界一の家族愛(NO127)

    우리 식구 세계 제일의 가족 사랑

    自分の家族は世界一の家族愛といえる家は幸せといえるでしょう。そこまではなかなかいかないという家もあろうかと思われるからです。

    「世界一」の「一」を「최고:最高」としてみましょう。

    우리 식구 세계 최고의 가족 사랑

    우리 식구 家庭崩壊 大ピンチ(NO109)

    우리 식구 가정 붕괴 위기 직면

    我が家族 家庭崩壊 危機直面

    子供が大きくなるとそれぞれの生活時間が異なり、食事も別々になり、家族間の会話も少なくなる家が増えるといわれます。

    「大ピンチ」は訳しにくいのですが、「위기 일발:危機一髪」を使ってみましょう。

    우리 식구 가정 붕괴 위기 일발

    我が家族 家庭崩壊 危機一髪

    우리 식구血液型がみなちがう(NO119)

    우리 식구 혈액형이 모두가 각양각색

    「うちの家族・血液型・皆がさまざま」に歌の面白さを少し出してみましょう。

    우리 식구 혈액형 모두가 따로 논다

    うちの家族 血液型は 勝って気ままに

    「논다」の原型は「놀다:遊ぶ」で「따로 논다」は「勝手気ままに」といった

    ニュアンスがあります。

    なお、血液型については以下のサイトを参照ください。

    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1068949045

  • 第8回 시어머니(姑-しゅうとめ)

    イジワルな시어머니いるとひと苦労(NO111)

    심술꾸러기 시어머니 있으면 며느리 고생

    意地悪な姑いれば嫁苦

    「있으면」よりは、そうそうはいないだろうけれど、もしいたらそれこそ大変という語感の「있다간(있다가는の縮約形)」を使ってみましょう。

    심술꾸러기 시어머니 있다간 며느리 고생

    意地悪な姑いたらば嫁苦労

    「意地悪」は「심술쟁이」ともいいますから、こちらを使ってみましょう。

    嫁が結婚してから辛い生活をしいることを「시집살이 시킨다」といいます。

    「시어머니」を会話では「시엄니」と短く言うこともあります。

    심술쟁이 시엄니 시집살이 시킨다

    意地悪な姑のする嫁いびり

    昔から姑の嫁いびりはよく話題にされますが、現代では事情がずいぶん違うようで、逆の場合もあるようです。

  • 第7回 オンマ:엄마

    親孝行엄마と一緒に韓国旅行(NO101)

    부모 효도 엄마와 같이 한국 여행

    親孝行の「親:부모」はなくても、孝行といえば普通親に対して使う言葉なので分かりますし、「엄마」が次に来ますので「孝行する: 효도하다」を使ってみましょう。

    효도하러 엄마와 함께 한국 여행

    孝行しに母と一緒に韓国旅行

    「효도하러:孝行しようと」とすると、韓国旅行の目的が親孝行ということになり、韓国でだけ親孝行をすればよいというニュアンスが強すぎて、一緒に行くことも親孝行だ、という感じが消えてしまいます。

    「효도하자:親孝行しよう」ともっと積極的に書いてみましょう。

    효도하자 엄마와 함께 한국 여행

    親孝行母と一緒に韓国旅行

    あの山はなぜ待っているの教えて엄마(NO102)

    그 산은 왜 기다리고 있나요 가르쳐줘 엄아

    直訳するとこんな感じですが、リズムがよくありません。

    그 산은 왜 우리를 기다려요? 엄마 가르쳐줘

    あの山はなぜ私たちを待っているの?母さん、教えて

    「教えて」は「なぜ」があるので、省略して次のようにしてみました。

    엄마 엄마 왜 산은 우리를 기다리나요?

    母さん、母さん、どうして山は待ってるの?

  • 第6回 안녕:安寧

    朝昼晩いつでも使える안녕하세요(NO118)아침 낮 밤 언제나 쓸 수 있는 안녕하세요

    「쓸 수 있는:使える」はこの句ではよく分かりません。ここでは「인사는:挨拶は」としましょう。「아침 낮 밤」は聴き慣れない言い方ですし、語調も良くありません。

    この句のポイントは一日のうちどの時間帯で友達と会っても、その時刻にかかわらず、挨拶は一つでいいというところにありますが、「안녕하세요」が一日中いつでも使える状況では、このポイントを句にすることが難しいのです。밤낮없이 인사는 언제나 안녕하세요

    語調から、このように書くこともできますが、これでは挨拶ばかりしているような句になってしまいます。なかなかこの句のポイントを表すことができません。

    언제 만나도 인사는 언제나 안녕하세요

    いつ会っても挨拶はいつもアンニョンハセヨ

    この訳では「いつ」が日にち単位なのか、回数が基準なのか、時刻が基準なのか分かりません。時刻を示す言葉であれば、一日のうちの時間帯を示すことができます。つまり

    몇 시에 만나도 인사는 언제나 안녕하세요何時に会っても挨拶はいつもアンニョンハセヨ

    のような意味で句が書ければ、「朝昼晩いつでも使える안녕하세요」の内容を表すことができます。「何時」なので、一日の内の時間帯を示すからです。

    ただ、これでは「何時かに会うこと」が前提になっているような句になり、その時の挨拶が「안녕하세요」ですという説明の文になってしまいます。

    あれこれ考えると、この句の訳は本当に難しくなります。そこで最も簡単な言い方を考えました。

    안녕하세요 우리는 언제나 안녕하세요

    アンニョンハセヨ私達いつもアンニョンハセヨ

  • 第5回 ハングル俳句翻訳 이름:名前

    学びつつイルムの仕組み見つけ出す (NO106)

    배우면서 이름 짓는 법을 찾아낸다

    世代ごとに特別な文字が名前に用いられます。この文字を「行列字(항렬자:ハンニョルチャ)」または「돌림자:トルリムチャ」といいます。

    五行の順に付けられるものが最も多いのですが、干支によるの、数字によるものなど他のものもあります。

    最近はハングルのみの名前もありますので、漢字の構成要素ではなく、ハングルの子音を元に順番を決めようという試みもあるようです。

    ここでは「찾아낸다:探し出す」よりも「알아낸다:見つける」のほうがいいでしょう。

    배우면서 이름을 짓는 법 알아낸다

    韓国のイルム可愛いうらやましい (NO114)

    可愛い名前のリストが下のサイトにあります。

    http://ask.nate.com/qna/view.html?n=8744109

    한국인의 이름이 귀엽다 너무 부러워

  • 第4回 アヤオ体操:아야어 체조

    アヤオ体操とはハングルの母音を覚える体操で、このブログでも紹介しています(スマホでは表示されないことがあります)。

    http://blog.livedoor.jp/kanetaka123/archives/1127174.html

    疲労感アヤオ体操5連発 (NO116)

    피로감 아야어 체조 다섯 번

    アヤオ体操をした人でなければ、何を言っているのかよく分からないかも知れません。ハングルの母音の形を腕で示したものです。歌詞の「○書いて縦棒はイ」の「縦棒」とは「人」を、また「○書いて横棒はウ」の「横棒」は「地」を示しています。

    「(○書いて縦棒はイ、)右にアヤ、左オヨ」の右と左の短い棒はもともとは丸い点でした。今はこの「・」を「-」と書いています。昔の「・」、今の「-」は「天」を表しています。つまりハングルの母音は「天地人」を示しています。これを体操で表そうというのですから、大変です。

    体操を「5回すれば: 다섯 번 하면」という部分を入れたのが次の句です。

    아야어 체조 다섯 번 하면 피로만 쌓인다

    アヤオ体操5回で疲労のみ溜まる

    これに何か一つポイントがほしい気がします。

    아야어 체조 뭔가 알아야지 피로만 쌓여

    アヤオ体操、分からなければ、疲れの「아야어(アヤオ)体操」の「아야」と「알아야」の「아야」の部分の繰り返しで母音を意識した訳にしてみました。

    「알아야지」の後ろには「그렇지 않으면:そうでなければ」が省略されていて、これに「피로만 쌓여(疲労のみが溜まる)」が続きます。原句の「疲労感アヤオ体操5連発」の切れのよさには及びません。

    アヤオ体操歌って踊って先生息切れ (NO101)

    아야어 체조 노래하며 춤추며 선생님 숨차

    原句が字余りの句です。これがハングル訳では5・7・5に収まってしまうのは不思議な気がします。

    「며」のところを「랴」に変えてみました。「랴」にすると、「あれもしたり、これもしたり」といった感じがでます。

    아야어 체조 노래하랴 춤추랴 선생님 숨차

    アヤオ体操歌やら踊りやらで先生息切れ

  • ハングル俳句-한글 번역 第3回 제사

    金かかり 泣きたくなるよ チェサとやら(NO109)

    돈 드니까 울고 싶어요 제사란 건

    チェサが大変で、いやだという感じが最後の「とやら」に表れています。本人はおそらく祭祀の経験はないと思いますが、説明を聞いただけで大変だと思ったのでしょう。

    祭祀にどのくらいのお金がかかるのでしょうか。祭祀用の食べ物は本来自分の家で心を込めて作るものとされていますが、忙しい現代社会ではなかなか全ての料理を自宅で準備することができない事情もあります。

    35万ウォンのものが以下のサイトに紹介されています。

    http://cheonjiwon.com/

    食べ物が一般に決められている位置とは違うところに置かれているサイトも少なくありません。

    A: http://cafe.daum.net/hansolbabo/HxlC/133?docid=pa4V|HxlC|133|20130722021803

    B: http://cafe.daum.net/mtkoi55/MDdl/187?docid=1OANQ|MDdl|187|20120706134827

    A、Bともに準備中のもののようですが、いろいろ違ったところがあります。

    お金がかかるからと言って、祭祀をしないわけにもいきません。お金だけでなく準備も大変です。祭祀をやめたい、あるいは回数を減らしたいと思っている人もいるようですが、この句のようにストレートに表現することは難しいものです。

    プロテスタントの家庭では教会では祭祀に代わり祈祷会や追慕会をもつ場合も多いのですが、悩んでいる人もいます。

    「제사 기독교」という語で検索をするとこの辺りの事情を知ることができます。

    「金かかり泣きたくなるよチェサとやら」の「金かかり」だと、お金がかかることだけが理由になりますので、ここは曖昧に「힘들다」、「泣きたくなる」は「죽겠다」を使って訳してみます。

    「땜에」は「때문에(~のために)」の縮約形です。

    힘들어요 정말 죽겠네 제사 땜에

    大変だ泣きたくなるよチェサとやら

    大集合 明日はチェサだ 嫁急ぐ(NO120)

    다 모여서 내일은 제삿날 며느리 바빠

    祭祀の日にはみんなが集まるので、大集合は削除しましょう。祭祀の日は「제삿날」といいますが、略して「젯날」ともいいます。

    내일 젯날 며느리 마음만 너무 급해

    あすはチェサ嫁は気ばかり急いている

  • ハングル俳句2014-02翻訳 불고기

     

    プルゴギはサンチュと食べると丁度いい (NO110

     

    불고기는 상추하고 먹으면  좋다

    불고기と「상추:チシャ」は相性が良いようです。「딱 좋다」というのは「ぴったり」といった感じの表現です。

    相性という意味で「궁합[宮合]:クンハプ」という語もよく使われます。本来は結婚の時の男女の相性を指す言葉ですが、食べ物の相性の良し悪しを言う場合にも使われます。

    特に相性のよいものは「황금 궁합:黄金の相性」、「환상 궁합:幻想相性」などといいます。불고기はサンチュで包んで食べますが、これを「상추쌈:サンチュサム」といいます。

    불고기에 상추쌈이야말로 황금 궁합

    焼肉にサンチュサムこそ黄金コンビ

    この原句の「丁度いい」という言い切りの表現は「過不足のなさ」を明言しており、ここにこの句の良さがあります。김치で包むも良し、깻잎(エゴマの葉)で包むも良し、ごま油や味噌を付けて食べるも良しという中で、やはりサンチュがぴったりだと言っています。

    더도 말고 덜도 말고  가윗날만 같아라

    という諺を思い起こさせます。これ以上でも、これ以下でもなく、いつも「秋夕の日のように」と願っています。

    韓国の国立国語院の標準国語大辞典には次の説明があります。

    가윗날은 백곡이 익는 계절인 만큼 모든 것이 풍성하고 즐거운 놀이를 하며 지낸데서, 잘 먹고 잘 입고 편히 살기를 바라는 말.
    秋夕(陰暦8月15日)の日はあらゆる穀物が実る季節であり、すべてのものがふんだんにあり、楽しい遊びをして過ごすことから、ひもじい思いをせず、きれいな服を着て楽な暮らしができることを望む言葉

    ここでは「더도 말고 덜도 말고(これ以上でも以下でもなく)」といいながら実はこれ以上ない暮らしを望んでいるのですが、それだけ日々の生活が苦しかった表れでもあります。

    「サンチュと食べると丁度いい」はこうした高い希望を述べている訳ではありません。「丁度いい」という最後の部分の味をだすのは難しいのですが、「좋다」を繰り返せば「丁度いい」の言い切りの部分の「いい」の感じを出すことはできそうです。

    불고기엔 상추쌈이 좋다  좋다

    雰囲気でこれを日本語にすると「焼肉にはサンチュサムね、どんぴしゃ」といった感じです。話し言葉では「불고기는 상추가 있어야 맛이 있지」というところでしょう。「焼肉にはサンチュがなければ美味しくない」と訳すのか「焼肉にはサンチュがあるからこそおいしい」と訳すのかは別として、サンチュとの相性の良さをいっています。

    相性の良い食べ物に「단짝:大の仲良し」という語が使われることがあります。「단짝 음식:親友飲食」に対して、悪い食べ合わせの場合は「상극 음식:相剋飲食」といいます。「상극:相剋(そうこく)」とはもともと五行説から来た言葉で、ここでは「大の不仲」といった意味合いです。

    さて、「단짝」を使って「丁度いい」という言い切りの部分を「상추쌈」と名詞止めにして訳してみると、こんな感じになります。

    불고기의 단짝 하면 역시 상추쌈

    焼肉の友はやっぱりサンチュサム

  • ハングル俳句2014-01翻訳 김치

    冬将軍キムチ引っさげやってきた(NO101)

    동장군님 김치 등에 업고 날아왔네

    「冬将軍」は「동장군」といいますが、ここでは「님」を付けてあります。「引っさげる」の語感が「손에 들고:手に持って」では出せませんので、原義からはやや離れるのですが、背負ってと意訳してあります。「やってきた」は訳では「飛んできた」としてあります。

    「冬将軍キムチ背負って飛んで来た」という意味になってつまらない句になってしまいました。直訳すると、よい感じが出ません。何か工夫が必要となります。

    原句のピーンと張った緊張感はなかなか出ませんが、少し工夫してみたのが以下の句です。

    동장군님 김치 등에 업고 오셨나이다

    冬将軍キムチ背負ってお出ましだ

    「오셨나이다」の「나이다」は尊敬を表す文語体で「오셨습니다」よりも敬語の度合いがはるかに強い感じがします。

    キムチ食べ乳酸菌とり腸快調 (NO119)

    김치 먹고 유산균 섭취하니 장이 쾌조

    「乳酸菌」は「유산균」といいます。「섭취하니」は「섭취하니까:摂るので」の意。「腸快調」を「超快調」に掛けたのがこの句のポイントなので、ここをどう訳すかが問題です。 「장이 쾌조」ではよく分かりませんし、「장에 좋아」では「腸に良い」という説明になってしまっています。

    少し工夫してみたのが次の句です。

    김치 좋네 장에는 유산균 참 장하네

    キムチ良し腸には乳酸菌超良ろし

    「장하다」は「すばらしい、見事だ、あっぱれだ」などの訳が付いている語です。褒めるときに「장하다 장해:よくやった、立派だ」などとよく使います。「좋네」の「네」と「장하네」の「네」、「장에는」の「장」と「장하네」の「장」の韻を重ねてみました。

    ハングル俳句の翻訳シリーズにご期待ください。

  • 第20回 チンダルレ:진달래(ツツジ)
    
    ツツジの花を「진달래 꽃」といいます。金素月の詩の「나 보기가 역겨워」で始まる「진달래 꽃」は韓国で最も愛されている詩といっていいでしょう。
    
    お別れを するとき진달래 置いてみる(NO110)
    
    「진달래 꽃」の詩の中にあるようにツツジを別れのしるしとして置いてみることを考えたのでしょう。詩のように道に撒くのか、それとも窓辺かどこか別のところにに置くのでしょうか。
    
    진달래咲き トッキョキョカキョク ホトトギス(NO112)
    
    ツツジといえばホトトギスです。ホトトギスは「テッペンカケタカ」と聞こえるとされてきましたが、下のサイトのように確かに「特許許可局」と聞こえます。
    
    http://www.youtube.com/watch?v=2F_KfMB5lOs
    
    「ホトトギス」は漢字では「子規、時鳥、不如帰、蜀魂、杜鵑、杜宇」などいろいろに書かれます。「ホトトギス」は正岡子規主宰の俳句雑誌、「不如帰」は徳冨蘆花の小説です。「杜鵑花(とけんか)」を辞書で調べてみましょう。
    
    道端で 진달래見るたび 立ち止まる(NO111)
    
    「ツツジ」は「躑躅」と書くのが普通です。この漢字の音読みをまず調べて、その読みで辞書で引いてみると、この句の意図が分かります。足踏みをして少し立ち止まることも人生には必要なのでしょう。以下の類句があります。
    
    たたずんだ 先には진달래が 咲いている(NO108)
    
    어렸을 때 진달래 꽃을 맛보았네(NO121)
    
    これはハングルで書かれた句です。「幼き日ツツジの蜜を吸ってたっけ」といった感じでしょうか。それほど甘いわけではありませんが、吸い始めるとなかなか止められません。子供の頃が思い出される句です。これと似た句があります。
    
    진달래の 蜜吸い想う 幼き日(NO124)
    
    진달래の蜜  おやつのかわりに いただきます(NO119)
    
    こんな句も
    
    진달래見て 故郷の山 思い泣く(NO129)
    
    石川啄木の「ふるさとの山はありがたきかな」を思い出させます。ツツジは桜よりも先に、連翹(れんぎょう)はツツジよりも先に咲くようですが、最近はこの順序が壊れているとも言います。楽しい時にも故郷を思い出しましょう。