サイバー中継: ハングルの詩のある風景
つつじの花 진달래꽃 第14回
歌樽先生:それは微妙に違うでしょうね。微妙以上に違うこともありますね。
詩子アナ:微妙以上もですか。では、前回と前々回の内容をもう一度整理してみます。
①「見送る人」の本心と「去る人」への心情を分けて考える。
②「가시」が棘の意とすると、生と死を担っている。
③「가시는」の修飾関係が1925年の修正で変わっている。
④「사뿐이:軽やかに」と「즈려밟고:力を入れて踏みつける」のバランスが悪い。
⑤表面的には消極的だが、内に鋭い匕首(あいくち)が込められている。
歌樽先生:では、この調子でどんどんすすめましょう。
詩子アナ:まず、「가시는」では「去る人」には尊敬語「가시다:お行きになる、去られる」の連体形を用いつつ、一方「見送る人」の本心としては「가시는」が「心に刺さる棘」とも読めるようにしていることが挙げられます。
歌樽先生:「가시」が「棘」と読める根拠は?
詩子アナ:以前、私に「貸しを作られることにもなりますし」とおっしゃったのですが(第9回参照)、この「貸し」は実は「가시」のことだったんですね。
歌樽先生:それで?
詩子アナ:花とか植物とのかかわりをもつ言葉と同じ言葉を第18問(第9回)でやりましたが、タイトルの「진달래꽃」の「꽃」だけからも、「가시」から「棘」を連想することは可能だと思われますが。「棘」は使い方によっては「匕首」にもなりますし。
歌樽先生:では「사뿐이」の方は?
詩子アナ:これが分かれば、第26問の答えになりますか。
歌樽先生:ほぼ、できるでしょう。
詩子アナ:では、お言葉に甘えてそうさせていただきます。
第26問:「死」の文字は「죽을 사」といいますから、「사뿐이」は「死だけ」と同じ音になっています。
「見送る人」の側では「あなたが去ってしまえば私に残るのは生きる望みのない「死」だけのように感じられるのですが、「去る人」への心情は、見送る人の分身であるつつじの花には私の心に棘が刺さっているように棘があるので、「사뿐이:軽やかに」踏んでいかないと去るあなたに深く刺さってしまう、これは自分の本意ではないけれどといった心の葛藤が上の「사뿐이:軽やかに」と「즈려밟고:力を入れて踏みつける」のバランスが悪いという指摘を受けることになったと思われます。
歌樽先生:なるほど、これで第26問の答の軸はおおよそできたようですね。こうしたことを踏まえて訳詩することができればいいですね。では、やってみましょう。
詩子アナ:えっ!私が? 無理、無理、無理の十八里ですよ。
歌樽先生:久しぶりに無理、無理、無理の十八里が出てきましたね。18番のようですね。
詩子アナ:いえ、その2倍の無理、無理、無理、無理、無理、無理の36里の気持ちです。
歌樽先生:粗訳したものをまず並べてみましょう。
詩子アナ:並べるだけなら、すぐにできます。まず、1連です。
나 보기가 역겨워
가실 때에는
말없이 고이
보내 드리우리다
私に会うのが嫌になり 会うもお嫌の
去ってお行きになる時は 別れなら
黙ってそっと送りましょう。 黙ってそっとお見送り
歌樽先生:では、この調子で、2連のほうもやってみましょう。
詩子アナ:2連の短いほうの粗訳はまだやってなかったんですが。
歌樽先生:では、これをしていただきましょう。
第27問:2連以下も1連のように粗訳をしてみましょう。

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