紙上中継「ハングルの詩のある風景」素月と無主空山 第12回
詩子アナ:「一瞬の交わりでも深い誼(よしみ)を結ぶ」というのがこの諺のメインポイントではなかったのですか。
歌樽先生:諺として認識している多くの人はそのように考えているようですね。
詩子アナ:ところで、素月はそのような経験をしたことがあるのですか。
歌樽先生:それは極めて鋭い質問ですね。
詩子アナ:極めて鋭い質問ですか?キタ、キタ、キター!これは来ましたね!ということは、詩か何かに残っていると睨みましたが。
歌樽先生:睨まれては仕方ありませんね。
第15問:実は「〇〇노래조(〇〇の歌の調べ)」の紹介文にそれらしきことが記されているのですが、〇〇とは次のどれでしょうか。
1)팔베개(手枕) 2)팔도(八道) 3)팔경의(八景の) 4)팔자(運勢)
詩子アナ:紹介文とはどういうものですか。
歌樽先生:しっかりした内容で、この詩を紹介せざるを得ない事情がしたためられています。
詩子アナ:どれも「팔」の文字がついていますね。「八道」というのは京畿(경기)、忠淸(충청)、慶尙(경상)、全羅(전라)、黃海(황해)、平安(평안)、咸鏡(함경)ともう一つはどこでしたっけ。
歌樽先生:「雪嶽山(설악산)」のある「江原道(강원도)」ですね。これも二択に直して考えてみますか。
詩子アナ:難しいですね。あっ!ありました。
第15問:答は、1)팔베개、「팔베개 노래조(手枕の歌の調べ)です。
歌樽先生:答を見つけたようですね。では、いくつか質問をしますから、調べながらでいいですから答えてください。
第16問:素月の詩集『진달래꽃:つつじの花』が出版されたのは1925年12月のことですが、この「手枕の歌」を聞いたのは「甲子年の秋」だったと書かれているのですが、これは西暦何年のことでしょうか。
1)1922年 2)1923年 3)1924年 4)1925年
詩子アナ:これはお茶の子さいさいです。
第16問:答は3)1924年です。
歌樽先生:「お茶の子さいさい」とは久しぶりに聞きました。「茶」の字で思い出しましたが、丁茶山 (정다산:本名丁若鏞(정약용)1762-1836)の記した『耳談續纂(이담속찬)』、中国と朝鮮の諺を集めた本なのですが、その中に「一夜之宿 長城或築:일야지숙도 장성혹축이라)」という諺が出ています。
詩子アナ:茶山といえば實学者ですよね、その方も興味を持った話だったのですか。
歌樽先生:内容が内容だけに興味を持った学者は他にもいたようですが、結局「男女関係での警戒と慎重さ」とか「何に関しても準備が大切」といった解釈に落ち着いたようです。
詩子アナ:諺の解釈がずいぶん変わっていますね。
歌樽先生:儒教的な考え方からすれば、教訓が必要で、それを「警戒」とか「準備」とかに求めたのでしょう。ところで、なぜ1924年という答えが「お茶の子さいさい」なんですか。
詩子アナ:甲子園球場ができた年が甲子年にあたるという話を父から聞いたことがありますから。
歌樽先生:なるほど。実は干支(えと)で「甲」の付く年は西暦では一桁がいつも「4」になるんです。ちなみに4444年も甲子年です。
詩子アナ:西暦4444年といえば2400年以上も先のことですね。干支はまだまだ続くのでしょうか。
歌樽先生:えーと、ちょっと考える時間を、、、干支よりも人類が続いているかどうかの方が心配です。栄えた文明は滅びるということであれば、発展すればするほど心配になりますね。
詩子アナ:素月と妓女は発展したのですか。
歌樽先生:微妙なことを聞いてきますね。では、こんな問題を。
第17問:この歌を歌ったのは「채란:チェラン」という名の妓女ですが、素月が彼女と会ったのはどこでしょうか。次の地名から選びましょう。
1)천안(天安) 2)영변(寧邊) 3)정주(定州) 4)남원(南原)
詩子アナ:いろんな地名が出てきますね。
歌樽先生:これらの地名は詩集の詩の中にも出てきます。
詩子アナ:これは、何といってもこれしかないでしょう。
第17問:答は、2)영변(寧邊)です。







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