ハングルの詩のある風景 : 素月と凧揚げ 第15回

歌樽先生:移転に当たってはそれほど単純な話ではなかったようですよ。1979年の独立門の引っ越しのときはひと悶着ありましたしね。

詩子アナ:素月の時代とはまた違った問題があったということですね。

20問:答は、2)高架道路を作るのに障害となったから、です。

    ひと悶着に一番ぴったりした理由のように思います。

歌樽先生:都市化の過程で生じた問題といってもいいでしょう。この高架道路は延世大学校と梨花女子大学校に抜ける「金化(금화)トンネル」に繫がっているのですが、立退きを迫られた近隣住民もたくさんいたようですね。

詩子アナ:ところで、素月はこの「紙鳶」という詩を書くときに、独立門の前にいたんですか。

歌樽先生:独立門の前にはいなかったでしょう。「섰으면」というのは「立ちたい」「立てれば」という願望や希望を示していますからね。

詩子アナ:なるほど。連想力が求められている訳ですね。うずうずしてきました。

歌樽先生:何か連想できそうですか。

詩子アナ:出来そうなのですが、気になる語句があります。「흰 눈의 잎사귀」が気になります。「눈」には「雪」の他に「目、芽」などの意味がありますが、「雪」以外の意味の可能性はないのですか。

歌樽先生:「흰(白い~)」に続きますから、「目、芽」の可能性はありませんね。

詩子アナ:では、흰 눈의 잎사귀:白雪の葉っぱ」とは何のことですか。

歌樽先生:これは意見が分かれるところですね。表の意味と裏の意味がありますから。

詩子アナ:表の意味と裏の意味ですか? 例えば、「문어귀에 혼자 섰으면」の表の意味は「門に独り立てれば」ですが、裏の意味は「独立門」というふうに考えるということですか。

歌樽先生:それは一例で、素月はいくつかの表現法を考えたようですね。

詩子アナ:では、ほかにもこれに類した表現法を使っているということですね。まずは表の意味を考えてみます。

歌樽先生:表の意味ということで、こんな問題を考えてみましょう。

21問:「흰 눈의 잎사귀:白雪の葉っぱ」とは何を形容しているでしょうか。

1) 紙鳶(凧)    2) 木の葉   3)雪    4) 街

詩子アナ:これは、もうこれしかありません。

21問:答は、1) 紙鳶(凧)、です。

歌樽先生:携帯がチリンと鳴りましたよ。

詩子アナ:香織さんからラインの返事がきました。『赤毛のアン』を読み終えたようです。

歌樽先生:『赤毛のアン』は子供の頃に読みましたね。

詩子アナ:子供の宿題だそうです。最後の「神は天にあり、世はすべてよし」という言葉を娘に説明するのが難しいとのことです。

歌樽先生:詩子さんは『赤毛のアン』読みましたか。

詩子アナ:小学生の時に読まされた記憶がありますが。

歌樽先生:読書感想文ですか。

詩子アナ:そうだったようですが、あまり覚えていません。

歌樽先生:素月もその言葉は知っていたと思いますよ。

詩子アナ:えっ?『赤毛のアン』を読んでいたんですか。

歌樽先生:それは分かりませんが、おそらく「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し。」という上田敏の訳で読んでいたと思われます。

詩子アナ:また、どうして上田敏がでてくるのですか。

歌樽先生:素月が上田敏の訳詩集『海潮音』を読んでいたお話を覚えていますか。

詩子アナ:そういうお話、ありましたっけ?

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