紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景: 招魂 第21回
歌樽先生:では、詩の本文の方に移りましょう。
第42問:「하늘과 땅 사이가 너무 넓구나」とあります。天と地の間があまりに広いと感じた理由は何でしょうか。
詩子アナ:もともと天と地の間は広いというか、広すぎるように思うのですが・・・
歌樽先生:確かにそうですね。広い方を見れば遥かに遠いのですね。でも、近い方を見るとそれほど遠くない場合もあるんじゃいでしょうかね。
詩子アナ:近い方と言うと?
歌樽先生:キャッチボールをしているときのボールは、地を離れて浮いている訳ですが、これは地と空の間にあると言ってもいいし、高いボールだと空にあると言ってもいいようですね。
詩子アナ:ああ、そういうことなら、シャボン玉なんかもすぐそこにあるようで、でも、空にあるとも言えますね。
歌樽先生:では、ヒントをだしましょう。
第42問続:天と地の間があまりに広いと感じた理由は次の内どれでしょうか。
1)呼ぶ声が本人に届かないから 2)天と地があの世とこの世を暗示するから
3)鹿が悲しく啼いていいるから 4)「天地玄黃、宇宙洪荒」だから
詩子アナ:まず、後ろからですが、4)の「天地玄黃(てんちげんこう)、宇宙洪荒(うちゅうこうこう)」は千字文の一番初めの言葉で、「天は玄(くろ)く地は黄色い。宇宙は果てしなく広い。」という意味ですから、これは感じた理由ではなく、事実をそのまま言っているように思います。3)も鹿が死者を知っているかどうか分かりませんし、鹿が悲しく啼いていることが天と地の広さを感じさせるとは思えません。
歌樽先生:なるほど。鹿の啼き声は死者とのかかわりがなくても、もともと悲しいものですからね。
詩子アナ:1)と2)は同じことを言っているようにも思えるのですが、この2つは別のことを言っているのですか。
歌樽先生:同じような面もあるし、別の面もあるようですね。よく考えてみましょう。
詩子アナ:天があの世で地がこの世だとしても、招魂の儀式ですから、まだ完全にあちらの世界、つまりにあの世に行っているという訳ではないように思うんですが、これは合っていますか。
歌樽先生:合っているとも言えますし、違っているとも言えますね。
詩子アナ:微妙ですね。
歌樽先生:「天と地があの世とこの世を暗示するから」と考えている人も多いようですが、これは一般論で、名前を呼ぶ立場から考えると、天と地があの世とこの世を暗示するしないにかかわらず、名を呼ぶという行為をせざるをえない訳ですから、これは「あまりに広い」と感じさせる理由とは思えませんね。
詩子アナ:ということは、分かりました。答を聞いてしまって申し訳ないのですが・・・
第42問:1)呼ぶ声が本人に届かないから、です。
歌樽先生:あー、誘導訊問に引っ掛かってしまいましたね。詩ですから、必ずこう考えなくてはいけないというのはないので、自分で別の答を考えたり、問題自体を新たに作るということもできるといいですね。では、4連を粗訳してみましょう。
詩子アナ:では、軽めにやってみます。
설움에 겹도록 부르노라. 悲しみつのり名前呼ぶ。
설움에 겹도록 부르노라. 悲しみつのり名前呼ぶ。
부르는 소리는 비껴 가지만 呼ぶ声届くところなく
하늘과 땅 사이가 너무 넓구나. あまりに離れし天と地よ。
歌樽先生:やや、直訳的ですね。ほかの訳も考えてみましたか。
詩子アナ:こちらも勝手に創作したところがあるのですが、、、
呼べば悲しや、ああ悲し。
呼ばねば悲し、なお悲し。
呼ぶ声彷徨う当てもなく
天地あまりに離れをり。
歌樽先生:いろいろな訳を試みたということで次に進みましょう。

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