• 師走の候、みなさまいかがお過ごしでしょうか。しばらく休止していた本サイト kanewakas.wordpress.com を「金素月の詩を読む」というタイトルで再開し、金素月の詩に関する記事を中心に掲載しようと考えています。

    ハングル俳句の記事は、これまでどおり hangeulhaiku.wordpress.com に掲載しますが、タイトルを「ハングル俳句と韓国文化」に変更します。引き続きよろしくお願いいたします。

  • 歌樽先生:つまり、日本の統治下にある「忍耐」の時期であることが背景になっている詩であるという認識ですね。

    詩子アナ:はい。「楽天」では「가지:枝」が風が泣く対象になっていますが、「樹芽」では「가지:枝」では枝ごとに「芽」が出ているので、「希望」見える詩だと、こんな風に思いました。

    歌樽先生:これで「설다해도」の内容が掴めてきましたね。

    詩子アナ:そんな気がします。

    歌樽先生:イメージとしてこの二つの詩が繋がっていると考えれば理解しやすいですね。では、

    20問:설다해도とは何に対して「설다」と言っているのでしょうか。

    詩子アナ:ここがポイントですたね。では、やってみます。

    20問:①日本が韓国を支配していたという時代的背景に対して

    ②したいことができない社会的環境に対して

    ③豊かな生活とは程遠い経済環境に対して

    ④不遇な家庭環境に対して

    ⑤もろもろの不条理・不満に対して

    言いたいのに言えない重層的状況がこのような詩になったのではないかと思いました。

    歌樽先生:当時は検閲が厳しかったですから、書きたいことが書けなかったというのは、日常茶飯事の時代でしたね。

    詩子アナ:大変な時代だったのですね。

    歌樽先生:おさえるべき所はおさえられているようですから、こうした観点を生かして「樹芽」を訳詩してみましょう。

    詩子アナ:はい。気を引き締めて訳詩してみます。

    樹芽

    설다해도 웬만한,

    봄이안이어,

    나무도 가지마다 눈을터서라!

    木の芽 

    憂うも

    まずは

    春は春

    木々も枝先ごとに芽が!

    歌樽先生:なかなか新しい訳になりましたね。

    詩子アナ:希望が見えるような訳になればと思いまして。

    歌樽先生:「樹芽(수아)」を逆にすると「아수(明日)」になりますしね。もっとも、素月が意識していたかどうかは分かりませんが。

    詩子アナ:音韻のことは考えていないのですが。

    歌樽先生:訳詩がしっかりしていれば、音韻はあとから付いてくるものですから、気にすることはありません。

    詩子アナ:ああ、そう言っていただいて安心しました。

    歌樽先生:この近くに鴨料理のおいしいお店がありますので、そちらに行ってみましょう。

    詩子アナ:えっ!スンデ料理ではなく、オリ(鴨)料理ですか。

    歌樽先生:やはり、折々の料理を楽しむことも必要ですからね。

    詩子アナ:あの、折り入ってお願いがありますが。

    歌樽先生:ええ、分かっていますよ。すっかりスンデ料理の虜になったようですね。スンデもありますから、心配はいりませんよ。予約もすんでおりますよ。

    詩子アナ:スンデとオリですか、安心しました。

  • 詩子アナ:全部漢字のタイトルですね。「紙鳶」というのは何ですか。

    歌樽先生:「紙凧(かみだこ)」のことです。

    詩子アナ:紙凧には竹の枝が使われていますよね。

    歌樽先生:使われているかも知れませんが、この詩では「가지:枝」は出てきません。

    詩子アナ:「万里城」は「万里の長城」のことでしょうから、「枝」は無関係と考えると、「父母」でなければ「楽天」ということになるのですが・・・

    歌樽先生:どちらでしょうか?

    詩子アナ:確率は50%ということにして、気楽にやります。

    18問:1)楽天(낙천)、です。

    歌樽先生:内容的には楽天的とは言い難いですね。読んでみましょう。

    詩子アナ:  <楽天:낙천>

    살기에 이러한 세상이라고

    맘을 그렇게나 먹어야지

    살기에 이러한 세상이라고

    지고 가지에 바람이 운다.

    歌樽先生:確かに「가지」がありますね。自由に訳してみましょう。

    詩子アナ:少し時間が必要ですが。自由にということで、こんなふうに訳してみました。

    楽天

    それもこれも世の定め

    まことそうとも思わねば

    それもこれも世の定め

    風も涙す裸木の枝

    歌樽先生:直訳とはずいぶん違った訳詩になっていますね。何かヒントになったものがあるんですか。

    詩子アナ:「살기에 이러한 세상이라고:(直訳)生きるにこんな世の中だと」ってなにかもっと言いたいに違いない感じがするんです。それで、これには何かあるのではないかと。

    歌樽先生:何かありましたか。

    詩子アナ:まず、「とかくに人の世は住みにくい」という夏目漱石の『草枕』の冒頭の部分を思い出しました。

    歌樽先生:「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」に続く部分ですね。それで?

    詩子アナ:生きづらさが極限に達していることを言おうとしたのではないかと思いました。『草枕』の方は人の世の生きづらさ、「樹芽」の方は置かれた状況での生きづらさを指しているのではないかと、こんな風に理解しました。

    歌樽先生:「置かれた状況での生きづらさ」に思い至ったのはどういう理由からですか。

    詩子アナ:「꽃 지고 잎 진 가지에 바람이 운다.(直訳:花が散り葉の落ちた枝に風が泣く)」と言う表現が「人」中心ではないように思えましたから。

    歌樽先生:なるほど。表現上はそうかも知れませんが、人を詠っている点では変りありませんよ。

    詩子アナ:はい。分かりました。あの、ここで問題を自分で作ってみましたが、いいでしょうか。

    歌樽先生:もちろん構いませんよ。

    詩子アナ:では、お言葉に甘えて、問題です。

    19問:この詩は次のうち、どんな内容の詩でしょうか。

    1)断念  2)忍耐  3)希望  4)転落

    歌樽先生:なかなかよく考えられた問題ですね。4)は「楽天」の反対ということで「てんらく:転落」ということですか。

    詩子アナ:はい、ヤッター! 久しぶりに褒められて最高です。

    歌樽先生:「天楽:천락」と「転落:전락」は発音が違いますが、あとは、全てお任せましょう。

    詩子アナ:いえいえ、全てといわれてもそれは困ります。この問題は自分で答えますが。

    19問:答えは2)の忍耐です。

  • 詩子アナ:そう言われても、心の準備が必要です。「웬만한, 봄이안이어,」と言える理由は「나무도 가지마다 눈을터서라!」にあるので、そのことを、もう一度取上げて「내가슴에도 봄이와서 지금 눈을 트랴고하여라.」と言わなくてもいいようにしたのはどの語句かということですか。

    歌樽先生:正解です。

    詩子アナ:答を言っていないのに正解でいいのですか。

    歌樽先生:詩とは流れも大切で、この流れからすると、もう正解以外は考えられません。

    詩子アナ:ヤッター! 久しぶりにいい気持ちです。

    17問:答えは2)설은봄설다해도変更、です

    歌樽先生:もう少し説明できますか。

    詩子アナ:もうこうなったら何でも来い!という心境です。恐いくらいです。

    歌樽先生:これは大変なことになってきましたね。

    詩子アナ:「樹芽」の詩のキーワードが「설다 해도」だったことを忘れかけていました。これで謎が解けました。危なかった!

    歌樽先生:謎かけをしようとは思いませんが。

    詩子アナ:まず、1)の「웬만한」の位置変更ですが、これは「웬만한,설다해도」という語順は成立しません。つまり、この位置変更が主ではなく、他の要因によって位置の変更をせざるを得なくなったものだと考えます。こうした理由で1)ではないことが分かりました。次に3)「봄은 아니여」の「봄이안이어」への変更ですが、「春じゃないか」という基本的な意味に変わりありませんので、これが「旧樹芽」の最後の2行を削除した理由になるとは思えません。4)「나무가지」の「나무도」への変更は「나무가지 가지마다」の2つの「가지」を嫌ったもののようです。

    歌樽先生:消去法できましたか。

    詩子アナ:「설다해도」でなければならない理由があるんです。

    歌樽先生:では、それを聞きましょう。

    詩子アナ:「旧樹芽」の「설은봄」では「설은」は「봄」を修飾しているので、「春」と自分との関係がはっきりしていません。そこで、自分と春とのかかわりを「내가슴에도 봄이와서」と書いているのですが、「설다해도」とすると、この「해도」の中に自分との関係が出てくるので、「내가슴에도 봄이와서」という部分が不要になるので、次の「지금 눈을 트랴고하여라.」ももちろん要らなくなったという訳です。

    歌樽先生:ずいぶん自信を持っていますね。

    詩子アナ:分かってくると自信が出てきました。

    歌樽先生:では、どこに推敲の余地があったのでしょうか。

    詩子アナ:「내가슴에도 봄이와서、(直訳:私の胸にも春が来て)」という表現形式が古いと感じたからではないでしょうか。

    歌樽先生:第9問の答「a) わが胸に春訪れぬ 今まさに芽を吹かんとす。」、「b) わが心にも春来り 芽は今まさに出でんとす。」と試訳したところですね。なぜ、古いのでしょうか。

    詩子アナ:「내가슴에도」という表現で自然と自身との関係を単純に結びつけてしまうという古典的な方法から脱出したかったからではないかという気がします。

    歌樽先生:なるほど、ずいぶん深くなりましたね。

    詩子アナ:詩が精錬所を通って、純なものになったといった感じがします。

    歌樽先生:もうすっかり詩人の域に達していますね。精錬所を通って、純なものになったというその感じは、素月自身が感じていたかもしれませんね。「설다해도」には「恨(ハン)」といわれる内容が含まれていると思われますから、ここを訳出することができればいいですね。

    詩子アナ:この詩の理解に参考になる他の詩はありますか。

    歌樽先生:参考になる他の詩ですか。では、こんな問題を出しましょう。

    18問:同じ金素月の詩集『진달래꽃』の中に「가지:枝」のあるものは次のどれでしょうか。

    1)楽天(낙천)  2)父母(부모)  3)万里城(만리성)  4)紙鳶(지연)

  • 歌樽先生:そうですね。確かに意味が他のものとは全くちがいますからね。

    16問:では、섧다」の連体形は次の内どれでしょうか。

    1) 섧은    2) 서러운    3) 설운    4)

    詩子アナ:「짧다:短い」は「짧은」ですから、1)の「섧은」のようですが、これでは易しすぎて問題にならないでしょうし、、

    歌樽先生:問題を読む力はさすがですが、かなり困っているようですね。

    詩子アナ:「서러운」は「서럽다」の連体形、「선」は「설다」の連体形、「섧은」でないとすると、「설운」が残りますから、、、自信はありませんが、

    16問:答えは3)の「설운です。

    歌樽先生:「ㅂ」変則で「설운」が正しい形ですね。「설」の下にさらにパッチムの「ㅂ」が付いたような形だと理解すればいいでしょう。

    詩子アナ:では「설은 봄」というのは、本来は「설운 봄」でなければならないのですか。

    歌樽先生:現在は「설운 봄」ですが、当時は「설은」がふつうに使われていたようで、金億先生の訳詩集『꽃다발』にも「설은 相思」、「설은 맘」などと書かれています。

    詩子アナ:では「설움」は「설음」と書かれているのですか。

    歌樽先生:その通りです。「나의 이 설음:私のこの悲しみ」「남의 설음을:他人の悲しみを」などの表記がなされています。

    詩子アナ:「설은 봄」の「설은」と「설다 해도」の「설다」は同じ意味で使われているのですか。

    歌樽先生:同じ意味だと思います。「섧다」の意味で「설다」がよく使われていましたから。同じ『진달래꽃』という詩集の本でも編集者が異なるため「섪다」、「섧다」とも書かれていますが、「섪다」は現在の表記法では「섧다」で、意味は「서럽다」と同じと考えられています。これは「원통하고 슬프다」つまり「怨めしい、つらい、口惜しい、嘆かわしい、悲しい」という意味で使われます。一方、「설다」は「生煮えだ、手慣れていない、足りない、(眠りが)浅い」などの意味があります。この意味で理解している人もいるようですが、新旧の「樹芽」を比べると、後者の意味でないことは確かです。

    詩子アナ:「旧樹芽」の後ろの2行が「新樹芽」では削除されていますが、これはなぜですか。

    歌樽先生:では、この問題を考えてみましょう。

    17問:「旧樹芽」の以下の2行が「新樹芽」で削除されました。

    내가슴에도 봄이와서

    지금 눈을 트랴고하여라.

    その理由と最も関連の深いのは次のどれでしょうか。

    1)「웬만한位置変更                    2)「설은봄설다해도変更

    3)「봄은 아니여봄이안이어変更   4)「나무가지나무도変更

    詩子アナ:もう一度詩を比較して読んでみます。

    旧樹芽               新樹芽

    웬만한 설은봄은 아니여!         설다해도

    웬만한,

    봄이안이어,

    나무가지 가지마다 눈을텃서라,      나무도 가지마다 눈을터서라!

    내가슴에도 봄이와서

    지금 눈을 트랴고하여라. 

    歌樽先生:何か分かってきましたか。

    詩子アナ:分かったような、分からないような不思議な気持ちです。

    歌樽先生:不思議な気持ちというのがいいですね。目が輝いてきましたね。もうこれは、間違いなく分かってきたということでしょう。では、言ってみてください。

     

  • 詩子アナ:孟浩然は中国の人ですから、「春暁」のハングルの訳詩があれば、答えは1)か3)ですね。「春暁」を金億先生がすでになさっていると仮定すると、同じ詩をまた弟子の金素月が訳して発表することはまずないと思われますので、2)か4)でしょうが、꽃다발というタイトルからすると、もう答えはこれしかありません。

    14問:答えは4)の 朝鮮女流詩人のみの漢詩です。

    歌樽先生:正解です。『꽃다발』は朝鮮の女流詩人の漢詩をハングル訳したもので、中国の漢詩は含まれていません。伝統的な「時調」という詩のジャンルがあるのですが、金億はこのジャンルでの訳も試みています。金億も漢文調を残したままの訳だけでは満足できず、独自の訳を試みる必要性を感じたのでしょう。

    詩子アナ:では一つの朝鮮の女流詩人の漢詩を2つの異なったやり方で訳を付けたのですか。

    歌樽先生:そうです。全ての漢詩に2つのやり方で訳詩を付けているんです。そこが偉いですね。

    詩子アナ:こうした訳に対して反対とか批判とかそういうものはなかったのでしょうか。

    歌樽先生:それはありましたね。金億自身も玄相允先生から訳詩について「どうして原詩の訳だといえるのか」と批判されたことを本の巻頭辞で書いています。

    詩子アナ:玄相允先生とは誰ですか。

    歌樽先生:一言では説明しにくいのですが、学部は早稲田の英文科で学び、後に高麗大学校の初代総長になっている人です。

    詩子アナ:そういう方ですか。ともかく金素月は金億先生の自由な訳に惹かれたんですね。

    歌樽先生:そうですね。そういう面もあったとは思いますが、素月からすると、さらなる自由が必要だと考えていたようです。

    詩子アナ:さらなる自由というと、「時調」の枠も超えたような詩ということですか。

    歌樽先生:なかなかの達観ですね。

    詩子アナ:いえいえ、「時調」についてはよく分かりませんが、それを超えた方向ではないかという直感が働いたものですから。

    歌樽先生:詩の理解にはそういう直感も必要ですよ。

    詩子アナ:金億先生はどこの学校を出られたのですか。

    歌樽先生:慶応義塾大学の英文科のようですよ。

    詩子アナ:「樹芽」の詩のキーワードは確か「설다 해도」でしたよね。

    歌樽先生:そうでしたね。そろそろ本題に戻りましょう。ここでもう一度「旧樹芽」と「新樹芽」とを比べてみましょう。

    詩子アナ:はい。もう一度みてみます。

    旧樹芽               新樹芽

    웬만한 설은봄은 아니여!      설다해도

    웬만한,

    봄이안이어,

    나무가지 가지마다 눈을텃서라, 나무도 가지마다 눈을터서라!

    내가슴에도 봄이와서     (該当なし)

    지금 눈을 트랴고하여라.     (該当なし)

    歌樽先生:「旧樹芽」も「新樹芽」も同じ4行なのに、「旧樹芽」の後半部の2行が無くなったのはなぜでしょうか。

    詩子アナ:これはまた難しいことを訊かれてしまいました。「旧樹芽」の「설은 봄」の「설은」の活用はどうなっているんですか。

    歌樽先生:今度は難しい質問がこちらに飛んできましたね。では、これを問題にしましょう。

    15問:次の中で詩中の설은 」の「설은」と最も関連のないものはどれでしょうか。

    1) 섧다  2) 서럽다 3) 설다  4) 썰다

    詩子アナ:最も関連のあるものではなくて、最も関連のないものですか?最も関連がないかどうか分かりませんが、違うことだけは確かなものがあります。

    15問:答えは4)の「썰다(野菜などを)刻む」です。

  • 詩子アナ:分かりました。「うたこ」は1)です。

    歌樽先生:冴えてきましたね。

    詩子アナ:いろいろとヒントをいただいて、第11問は分かりました。

    13問:答えは1)です。

    歌樽先生:その心は?

    詩子アナ:「ココロ」だからです。カ行の音がありますから。

    歌樽先生:正解!これで、第10問にずいぶん近づきましたよ。

    詩子アナ:では、「カ行音」をヒントにこつこつとやってみます。

    아침도 모르 설잠을 자노라면  

                귓가에서 지저는 새소리

                어젯밤 뒤설닌 바람비에

                잎사는 얼마나 떨엿노

    第3行目だけが「カ行」がありません。

    歌樽先生:ということは?

    詩子アナ:これは行単位でみると3つの行にカ行があり、1つの行にはない訳ですから、「2種3同」のタイプと見ることができます。

    歌樽先生:そのように見ることもできますが、実はさきほどの井伏鱒二の訳と比べると面白いですよ。

    原文「春暁」孟浩然

    春眠不覚暁  ハルノネザメノウツツデ聞ケ

    処処聞啼鳥  トリノナネデ目サメマシタ

    夜来風雨声  ヨルノアラシニ雨マジリ

    花落知多少  散ツタノ花イホドバ

    詩子アナ:3行目にはどちらもカ行の音がないんですね。答が後先になりましたが、

    12問:答えは3)の第3行目です。

    어젯밤 뒤설닌 바람비에

    ヨルノアラシニ雨マジリ

    金素月の訳と井伏鱒二の訳は何か関係があるのですか。

    歌樽先生:関係はないでしょう。金素月の訳は1925年4月13日の『東亜日報』が初出で、井伏鱒二の訳の初出は1933年10月『文学界』(文化公論社)「田園記」とのことですから。どちらにもカ行の音がないのは偶然でしょう。ただ、新しい思想に接するという時代的背景の中で漢文調の訳だけでは満足できず、独自の訳を試みる必要性を強く感じはじめたのだと思われます。なぜ3行目に、井伏の訳にも素月の訳にも「カ行」の音がないのかは、このことと関係があるように思われます。

    詩子アナ:「不覚暁(あかつきをおぼえず)」、「聞啼鳥(ていちょうをきく)」、「風雨声(ふううのこゑ)」、「花落知(はなおちることしる)」といった書き下し文ではどうしてもこの詩の場合「カ行」音がでてきますが、訳の方針をまったく変えたために3行目に「カ行」音がなくなったということですか。

    歌樽先生:基本的にはそうだと言っていいでしょう。

    詩子アナ:素月は誰の漢詩のハングル訳も参考にしないで訳詩をしたのでしょうか。

    歌樽先生:一人では難しかったでしょうね。素月の師匠の金億先生は『꽃다발』(花束)という題で漢詩をハングル訳したものを1944年にだされています。この中には1910年代から訳詩なさったものもあって、恐らく素月にも参考にするように見せたのでしょう。

    詩子アナ:孟浩然の「春暁」は金億先生の本には含まれていないのですか。

    歌樽先生:では、これを問題にしましょう。

    14問: 金億の『꽃다발』という訳詩集に含まれる原詩の漢詩は次の内どれでしょうか。

    1)中国の漢詩  2)朝鮮の漢詩  3)中国と朝鮮の漢詩  4)朝鮮女流詩人のみの漢詩

  • 歌樽先生:これは「山有花」の詩でやってみましたね。

    詩子アナ:そういえば、表を作った記憶がありますが。

    歌樽先生:ではそんな感じで整理してみましょう。

    詩子アナ:分かち書きをしてから見てみます。

    아츰도 몰으고 설잠을 자노라면

            귀ㅅ가에서 지저기는 새소리

                어제ㅅ밤 뒤설닌 바람비에

            꽃 입사귀는 얼마나 떨엿노 

    {꽃:原文(ㅅ+ㄱ+ㅗ+ㅅ) 
     떨:原文(ㅅ+ㄷ+ㅓ+ㄹ)}

    11問:行ごとの頭音と脚音の陰陽と五行を整理してみます。

       陰陽五行
     頭音脚音頭音脚音
    第1行아:陽면:陰아:土면のㄴ:火
    第2行귀:陰리:陰귀:木리:火
    第3行어:陰에:陰어:土에:土
    第4行꽃:陽노:陽꽃:木노:火
    特徴2陽2陰1陽3陰2土2木1土3火

     

    「陰陽」は頭音が「2陽2陰」で2種2同、脚音が「1陽3陰」で2種3同、「五行」は頭音が「2土2木」で2種2同、脚音が「1土3火」で2種3同です。「리」は「非陽」ということで、「陰」としました。

    歌樽先生:なるほど。久しぶりに表らしいものを見ましたね。この表では現れていませんが、実はある秘密があるんです。その秘密を遠くから見ておきましょう。

    詩子アナ:「遠くから」がヒントのようですね。

    歌樽先生:ポイントが分かったようですから、ここで問題を出してみましょう。

    12問:金素月が「春暁」をハングル訳するときの方針の結果が最もよく現れているのは次のうちどれでしょうか。

    1) カ行音 2) サ行音 3) マ行音  4) ア・ヤ行音

    詩子アナ:さっきの表では十分ではなかったようですね。「遠くから」がヒントだとすると、今回の「遠回り」もヒントのようですから、ここに秘密のポイントがあるようですね。でも、この先が思いやられます。

    歌樽先生:「千里の道も一歩から」といいますね。

    詩子アナ:こつこつとやって行くのが大切なことのようですね。では、こつこつと。

    歌樽先生:「こつこつと」で思い出しましたが、「キロキロとヘクトデカけたメートルがデシに追われてセンチミリミリ」という暗唱歌がありましたね。

    詩子アナ:単位のような歌ですね。聞いたことがあるようなないような、「あるなし」クイズですか。

    歌樽先生:ここは得意な調べ方で調べてみてください。直接は関係ありませんが。

    詩子アナ:できれば関係のあるものだけにしていただきたいのですが。

    歌樽先生:そうこられると、困りましたね。では「あるなしクイズ」にしましょう。

    13問:次の1)にあって、2)にないものは何でしょうか。

    1) キロキロ、ヘクト、デカ   2) デシ、センチ、ミリ

    詩子アナ:これではもっと遠くなっていくようですが。「こつこつと」はどちらに入りますか。

    歌樽先生:「こつこつと」は1)のグループに入ります。

  • 歌樽先生:書には書風、絵には画風があるように、作家には作風というものがありますから、それから類推するという方法がありますね。

    詩子アナ:なるほど、そういわれると、そのとおりですね。芥川龍之介は「蜘蛛の糸」、井伏鱒二は「山椒魚」、内田康夫はサスペンス、遠藤周作は「沈黙」。

    歌樽先生:そういう風にやればいいですね。

    詩子アナ:サスペンスの内田康夫とキリスト教文学の遠藤周作は除外できそうですね。

    歌樽先生:なかなか、いい感じですよ。

    詩子アナ:では、私風にいえば「蜘蛛の糸」と「山椒魚」の戦いですね、

    歌樽先生:戦いとかそういう問題ではないんですが、いろいろと考えてみることはいいですね。

    詩子アナ:父親の残した訳を自分の好みのまま直したとのことですから、お父様もそうとうの学識者らしいですから、そこらあたりから攻めてみると道が開けるような気がするのですが。

    歌樽先生:じゃあ、ここまで進みましたから、私が答をいいましょう。

    詩子アナ:えっ!先生がお答えになるんですか。

    歌樽先生:今回はいろいろ遠回りしてみようという訳ですから、一つぐらい私が答えても構わないでしょう。

    詩子アナ:あの、今出てきたんですけど。答えます!!

    10問:答えは、2) 井伏鱒二です。

    https://kanbun.info/syubu/toushisen250.html

    歌樽先生:滑り込みましたね。井伏鱒二のお父さんは号を素老といって、漢詩文をよくなさったようですよ。ただ、その訳には「粉本」つまり見本にしたものがあったようですがね。

    詩子アナ:井伏鱒二のお父さんには「粉本」があり、井伏鱒二にはお父さんという「粉本」があったという訳ですか。私はそれよりもお父さんの「素老」という号が「素月」の「素」と同じだというのに驚きました。

    「ハルノネザメノウツツデ聞ケバ」の訳詩は7音が基本で5音が一つですが、素月の訳も7音と5音になっているんですか。

    歌樽先生:分かち書きをしていないので、分かりにくいのですが、七五調でも五七調でもないことは確かです。読んでみると3音と4音が基本になっていますから。見てみましょう。

    詩子アナ:見ただけで難しそうですね。

    아츰도몰으고설잠을자노라면  

                귀ㅅ가에서 지저기는새소리   

                어제ㅅ밤 뒤설닌바람비에     

                꽃입사귀는 얼마나떨엿노     {꽃:原文(ㅅ+ㄱ+ㅗ+ㅅ)  떨:原文(ㅅ+ㄷ+ㅓ+ㄹ)}

    歌樽先生:音で読んでみると分かりやすいですよ。

    詩子アナ:はい。やってみます。

    아츰도몰으고설잠을자노라면  → 아침도 모르고 설잠을 자노라면

    귀ㅅ가에서 지저기는새소리   → 귓가에서 지저귀는 새소리

    一行目は3・3・3・4、二行目は4・4・3、確かに3音と4音でできていますね。

    歌樽先生:この訳詩は金素月の詩の特徴を備えていますね。

    詩子アナ:以前、素月の詩の特徴をいくつか学びましたが、ほとんど忘れてしまいました。

    歌樽先生:習ったということを覚えているだけでも立派ですよ。

    詩子アナ:立派だといわれても困ります。

    歌樽先生:ヒントになるかどうかわかりませんが、問題を出してみましょう。

    11問:各行の音を調べて、その特徴を見つけましょう。

    詩子アナ:あっ!思い出しました。「頭音」と「脚音」を調べたことがありました。頭音は初めの音、脚音は終わりの音ですから、これを陰陽と五行に分けて整理してみます。