Category: ハングル俳句

  • 第14回 ナムンニップ: 나뭇잎(木の葉) 「나뭇잎」は[나문닙:namun-nip]と発音します。「나무(木)+잎(葉)」で二つの言葉を「ㅅ」でつないだ語です。 秋来たと 나뭇잎の色で 感じけり(NO106) 『古今和歌集』にある藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」を思い出させる句です。「立秋」の日に撮った写真を下のサイトで見つけました。 木の葉のほうがはるかに季節をよく感じ取っているようです。 http://blog.goo.ne.jp/akagera63363556/e/88eb0a1127b157354b9cda088ab82610 http://mahoram.exblog.jp/20164694 나뭇잎散り 人肌恋し 冬来たる(NO116) 木の葉が散り、あっという間に冬になったようです。どことなく古風さを感じさせるのは自然の時の流れと人の心の流れがどこかで共鳴しているからなのでしょう。 『万葉集』には「木の葉」の歌が17首あるとのことです(次のサイト参照)。 http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/nature/konoha.html 나뭇잎舞う 緑を赤黄に 変えて散る(NO102) 木の葉の舞い落ちる様子を詠っていますが、葉の色が一瞬にして変わっていくように読める句です。自然の魔術を見ているような気がします。 「나뭇잎舞う」と「緑を赤黄に変えて」の部分の間(ま)の取り方がいいからでしょう。これは「間(ま)術」の句ともいえるでしょう。 나뭇잎落ち 色づいてゆく 秋の道(NO124) 木の葉で秋の道が次第に色づいていく様を詠んだ句です。次第に落ち葉で埋っていく道はジグゾーパズルのようでもあります。 銀杏の実がなる銀杏は雌の木で、雄の木よりも早く落葉するとのことです。銀杏の実の付いた木と、そうでない木を秋に比べてみてください。 こんな句も カサカサと 나뭇잎が散って いく季節(NO101) 韓国語をかなり学んだ方への問題です。「가사」を「가다+사」と見て考えてみましょう。また違った句として読めます。

  • 第13回 ナリ チョムネ: 날이 저무네(日が暮れる) 친구랑 재미있게 놀다가 날이 저무네(NO119) (ともがらと 楽しく遊び 日暮れかな) この句はハングルで書かれた句です。「놀다가」は「놀다:遊ぶ」+「~다가:~している途中で、~しているうちに」の組み合わさったもので、ここでは「遊んでいるうちに日暮れになった」といったニュアンスです。 「ともがら」が少し古風ならば、「友達」でもいいでしょう。楽しく遊んだことが強く印象に残る句となっています。 ごめんなさい 今日も言えずに 날이 저무네(NO117) 友達かお母さんと喧嘩でもしたのでしょうか。一言いえば済むことをなかなかその一言が言えないようです。「今日も」とありますので、何日か考えたのでしょう。そして今日も言おうと思ったけれど、いえるタイミングを掴みかねたのでしょう。 横を向いて「ごめん」といってから正面を向いて「ごめんなさい」という高等戦術もあります。「미안해, 미안해요」といった感じです。 今日もまた あなたに会えずに 날이 저무네(NO121) 待ち続けていたのでしょうが、会えぬまま今日ももう日暮れ時になったようです。しかし、待っている間は自分の心の中に待ち人がいる訳ですし、会える希望がありますから、まだまだ耐えられそうな気がします。 そういう人がいなくなった場合と比べると、はるかに幸せな時と言えるかも知れません。 날이 저무네 知らない街で 途方に暮れる(NO120) 「日が暮れる」と「途方に暮れる」を掛けている句です。今の状況を「知らない街」と言っているのでしょうか。長い人生では何度も途方に暮れることがあるものです。みなさんのお母さんやお父さんもそんな時を越えて生きていらっしゃいますので、人生の先輩でもある訳です。 「知らない街」だから「途方に暮れる」のではなく、「途方に暮れる」から「知らない街」なのでしょう。 こんな句も 明日への 希望を背負い 날이 저무네(NO124) 明日への希望を背負うのは私なのでしょうが、夕日が明日への希望を背負わされているからかも知れないとふと思わせる句です。新たな希望が湧き上がるような日々であることを願っています。 明日とのかかわりで詠った次の句があります。 날이 저무네 明日になったら 本気出す(NO102)

  • 第12回 マンナム:만남(出会い)   春香と 夢龍の만남 素敵です (NO115) 「春香伝」の主人公の成春香と李夢龍の出会いは端午の節句の日です。 春香がブランコ遊びをしているところに夢龍が通りかかります。 この句の作者はこんな出会いを求めているのかも知れません。 ぜひ一度読んでみましょう。 以下のサイトで二人が出会ったとされる南原の「広寒楼」、ブランコなどがみられます。 http://www.seoul-mate.com/xe/kor_posting/19730 http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=dakorea0820&logNo=90076443768 出会いの喜びを詠(うた)ったものに以下の句があります。 만남の 数だけかがやく 話あり (NO130) 毎日が 素敵な만남 あふれてる (NO107) ドラマでは 만남はいつも 運命的 (NO101) ドラマは出会いがないと作れません。偶然な出会いが、後になって必然であることが分かります。これを運命的というのでしょう。ドラマだけでなく、こうした出会いは身近にもたくさんあります。 韓国ドラマでは、出会い、事故、出生、病気などが偶然以上の頻度で出てくるようです。筋書きが分かっていてもドキドキしながら見ているのは偶然でしょうか、必然でしょうか。 これまでの 만남のお陰で 今がある (NO127) いろいろな出会いがあります。この句の作者はそれらの全ての出会いによって生かされている今を大切にしています。また、感謝の気持ちもストレートに表しています。人のせいにしたり、言い訳をしたりすることをしない作者の生き方がよく出た句です。 만남を 経て少女はすぐ ゴールイン (NO102) この少女とは誰なのでしょうか。春香のことなのでしょうか。春香は「二八青春(イパルチョンチュン)」で、16歳ですから、当時は立派な大人といえる年齢です。この「二八(イパル)」は「2×8=16」という掛け算になっています。 こんな句も どう転ぶ? ケンタッキーとの この만남 (NO103) 「ケンタッキー」との「만남」とはあの髭のおじいさんが立っているお店のことなのでしょうか。毎日行っているのかも知れません。それとも特定の誰かのことを指しているのでしょうか。この先どうなるのか興味津々です。

  • 第11回 ハラボジ:할아버지(おじいさん)   할아버지は 俺より時代 進んでる (NO111) おじいさんが自分より進んでいる「時代」とは何でしょうか。未来を予測する力でしょうか、時代が要求する技術なのでしょうか、あるいは考え方なのでしょうか。この句の作者の할아버지は若くても60代ではないかと思われます。これからは「할아버지力」が問われる時代になるのかもしれませんが、そうなると若い皆さんの研鑽が今後益々求められるようになります。할아버지も「マゴマゴしてられない」と思っているのでしょう。 할아버지は 僕らの知らない 顔をもつ (NO102) 自分の知らない할아버지の顔とはどんな顔なのでしょうか。興味津々ですが、何かは分かりません。할아버지の知らない私の顔もあるのでしょうから、家族の知らない面があるからといって不思議ではありません。逆に할아버지の何を知っているのか考えてみると、これといって挙げられるものはあまりありません。しかし、この句の「할아버지」を「할머니:ハルモニ」に代えるとこの句は成り立たない気がしますから、할아버지でよかったと内心思っています。 할아버지は 床屋へ行って 髪切った (NO123) 齢を取ると頭の髪が気になってきます。할아버지がいつも床屋で髪を切ってもらうのであれば、この句を作ることはないでしょうから、할아버지の髪はふさふさとはしていないのだと思われます。何かがあって普段は行かない床屋に行って髪を切ってもらったのでしょう。お祝い事であればいいのですが、その反対の場合もあります。若い人が髪を切るのとは違った理由があったのでしょう。この句の作者はその理由を知っているのかも知れません。 할아버지と 共に過ごした あの夏の日 (NO129) 子供の頃の思い出は季節と結びついているものが多いようです。夏の日の思い出ということですから山か海か川に一緒に出かけたのか、あるいは夏休みに할아버지の家に泊まりに行ったのでしょうか。きっと할아버지に可愛がってもらった記憶とともに夏の日があるのでしょう。そして할아버지の記憶にも残っていることでしょう。 할아버지に 会えずに今日も 雪が降る (NO121) 雪の国に住んでいたのでしょうか。雪がなければ할아버지の家に遊びに行けるのに、雪で外に出られないのでしょう。今年は東京でも雪がたくさん降りました。ソウの方が東京よりも雪の降る回数が多いのですが、20センチを超える大雪はそれほど多くありません。歴代5位までの記録が以下のサイトに出ています。 http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=dutchkorea&logNo=130180618222 こんな句も 할아버지は 山へ柴刈りに 行く (NO132) 「桃太郎」のはじめの部分のようですが、このように書かれたものを見ると、文句なく新鮮さを感じます。「柴」とは薪(たきぎ)のことで、おじいさんの家に行くと風呂焚き用の薪を刈りに近くの山に登った記憶があります。할아버지のきりっとした姿が見えるようです。 할아버지は 床屋へ行って 髪切った (NO123) という句も 할아버지は 床屋へ行って 髪を切る  とすると、할아버지の颯爽とした姿が思い浮かびます。

  • 第10回 ハルモニ:할머니(おばあさん)   正月は 할머니の家で お年玉 (NO127) 日本では新暦で正月を祝いますが、韓国では旧暦で祝います。年によって立春の前になったり、後になったりします。何歳ぐらいまでお年玉がもらえるのかは家庭によって違うでしょうが、成人になってもまだ学生だからといってもらっている学生もいるようです。 ハラボジよりハルモニのほうが言いやすいのでしょう。ちなみに、新年の挨拶を「세배」、お年玉のことは「세뱃돈:セベットン」と言います。 朝走る うちの할머니は 超元気 (NO106) ハルモニは走るというイメージからはずいぶん遠いようです。それは、「꼬부랑할머니 (腰の曲がったお婆さん)」という童謡のせいかも知れません。以下のサイトで「이선희」の歌を聴くことができます。 http://www.youtube.com/watch?v=SRyd2ssrrm4 「超元気」という表現から、若者のほうが負けてしまっているような感じもします。ぜひ一緒に走ってみてください。ハルモニの本当の力を知ることになるでしょう。 ねえ할머니 教えて煮物の 作り方 (NO103) 煮物の作り方は母親からというのが普通なのですが、母親が忙しいのでしょうか、おばあさんから教わろうという作戦のようです。韓国では鍋料理が基本で、チゲの味も家ごとに違います。チゲといえば「キムチチゲ」「テンジャンチゲ」「トゥブチゲ」などが代表格ですが、最近日本でも「プデチゲ」が流行っているようです。 「プデ」というのは「部隊」のことで、野菜でも肉でも魚でもありません。肉の代わりにハムやソーセージなどを入れた軍隊での鍋料理からきています。「부대찌개」を韓国のサイトで検索すると美味しそうな「プデチゲ」がたくさん見られます。 こんな句も 我が할머니 頼りにするよ これからも (NO107) 頼りになる人がいれば、不安な時、困難な時にどのくらい心の支えになるかわかりません。頼りにされる할머니も頼りにされていることを知っているでしょう。

  • 第9回 ウリシック:우리 식구(我が家族)   우리 식구 世界一の 家族愛 (NO127) 「우리」は「私たち」、「식구:食口」は「家族」という意味です。何であれ自分の家族を世界一と言えるのは幸せなことです。家族愛で世界一であればなお更です。いつまでも世界一でいられることを願っています。 우리 식구 一発当てたい 宝くじ (NO108) 宝くじは買わなければ当たりませんが、買ったからといって必ず当たる訳ではありません。家族のうち誰かが宝くじを当てると大喜びですが、急に大金を持つと不幸になるという話しもよく耳にします。心配があっても当たる確率は低いので、ともかく当てたいという気持ちが先に立つのでしょう。当たったときにはくれぐれも注意しましょう。 우리 식구  家庭崩壊 大ピンチ (NO109) 子供が大きくなり、生活のスタイルが各自バラバラになって、分食(ぶんしょく:家族が別々に食事をすること)が始まり、進学や就職などで兄弟姉妹が別れ別れになり、家族間の感情の交流も少なくなり、疎遠になっていくという流れを直感的に感じ取っている句です。大ピンチにならないうちに何とかしたいという思いも感じられます。 類句に次の句があります。 成長し バラバラになる 우리 식구 (NO101) こんな句も 우리 식구 血液型が みなちがう (NO119) 4人家族で血液型が皆違う場合があります。血液型による性格占いなども流行っているようですが、血液型がみんな違うと、とてもバラエティに富んだ家族といえるでしょう。 なお、血液型については次のサイトをご参照ください。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1068949045

  • 第8回  シオモニ:시어머니(姑-しゅうとめ)   イジワルな 시어머니いると ひと苦労 (NO111) ドラマの姑(しゅうとめ)の意地悪なイメージが強いせいか、シオモニはあまりよく思われていないようです。しかし、ドラマ作家はあちこちに葛藤を作り出すことを仕事としています。そこでシオモニに働いてもらうという筋書きになるのですが、イジワルさを維持するのも実は一苦労なのです。 시어머니が 埃を吹いて 嫁が散る (NO103)  日本では障子の桟に埃がよく溜まりますが、韓国の最近の家では障子に当たるものはみあたりませんし、姑が嫁を埃が溜まっているといって叱っている場面はあまりみません。 韓国のホームドラマでよく見る嫁姑の葛藤を「コブカネ カルトゥン(고부간의 갈등)」と言いますが、葛藤の材料は埃などの細かいものでなくても、そこここにありますので、この句は日本式の葛藤の表れを表したもののようです。 本当は 寂しがり屋だ 시어머니は (NO124) シオモニは年を重ねるごとに内面は寂しくなるのでしょう。「本当は」ということはそのようには見えないけれど、といったニュアンスが感じられます。憎まれ役のシオモニであればなおさらのこと、寂しがり屋かもしれません。こうしたシオモニの心の一面をよく捉えている句です。 こんな句も 시어머니と 仲良く楽しく 暮らしたい (NO117) 誰しも仲良く暮らしたいと思うでしょう。シオモニとも仲良く楽しく暮らせればもう怖いものなしで、ルンルンです。このような希望とは裏腹な境遇も多いことからこのような句ができるのでしょう。

  • 第7回 オンマ:엄마(母さん)   親孝行 엄마と一緒に 韓国旅行 (NO101) 韓国旅行に母親と一緒に行ってきたという話を女子学生からよく聞きます。どうやら一緒に韓国に着いた後は別行動をすることも少なくないようです。行きたいところがそれぞれ別にあるからで、「いつでも一緒」というパターンでは親孝行にはならないのかも知れません。ずいぶん韓国旅行に慣れている母親と娘のようです。 엄마엄마~ 留学で見た 韓国のぬくもり (NO114) 韓国に留学したことのある学生のようです。友達の家に呼ばれて、食事なども一緒にしたに違いありません。「엄마엄마~」と母親を呼ぶ友達の声に韓国の家庭のぬくもりを感じたようです。これは日本と韓国での子育て観の違いが形になって現れているように思います。 厳しいが 一番偉大な 우리엄마 (NO117) 日本で母親が厳しさを娘に求めるのは、早く一人前になってほしいという希望と期待がその背景にあるからだと思われます。「엄마」が「一番偉大」であることは日本も韓国も変わりないと思いますが、韓国では娘はいつまでも娘であって、大きくなってからも厳しい母親はあまりいないようです。 こんな句も あの山は なぜ待っているの 教えて엄마 (NO102) 子の母親に対する信頼は無限といってもいいようです。なんでも答えてくれ、なんでも実現してくれるのが母です。子供は無理難題をいくつも母親にぶつけますが、その度に母親は答えてくれます。本当に母親は偉大です。 この句で「엄마」をもし「아빠(父さん)」に替えると、おそらくこの句は成立しないでしょう。「엄마」だからできることがうなずける句になっています。皆さんはどう答えますか?

  • 第6回 アンニョン:안녕(安寧)   朝昼晩 いつでも使える 안녕하세요 (NO118) この句のように「안녕하세요:アンニョンハセヨ」は朝昼晩いつでも使える挨拶です。「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」を一つの言い方で表せる大変便利な挨拶言葉です。 「안녕하다:安寧だ」には「平安だ、安泰だ」の他に「元気だ、心身がすこやかだ」といった意味もあり、健康を気遣う時に用いられます。 友達と 안녕だけで 一日あいさつ (NO110) 「アンニョン」は会った時も、別れる時も、すれ違う時も使える便利な挨拶で、友達同士で最もよく用いられます。本来は「安寧」という漢字語ですが、やわらかい響きがあります。略さずに言えば「アンニョンハセヨ」です。この句のように「アンニョン」だけで一日過ごす人もたくさんいるようです。 類句に次の句があります。 オールマイティ この一言で 안녕!(NO127) 안녕と 笑顔で別れて また明日!(NO119) 「アンニョン」と笑顔で挨拶できる間柄は人間関係もよく、元気でいることの証明のように思います。次の日の朝、また友達に会って、「アンニョン」と挨拶して、夕方になり「アンニョン」と言って別れて家路につき、一日を終えて、また明日を迎える。なんと明るく平和の響きあう世界なのでしょう。この句の作者のように元気溌剌でいたいものです。 こんな句もあります。 안녕하세요 あいさつ一つで みな笑顔 (NO117) 「アンニョンハセヨ」には笑顔が似合います。会うときも別れるときも挨拶の基本は「アンニョンハセヨ」です。「アンニョンハセヨ」と挨拶をしてくれる学生も増えて来ました。 「アンニョンハシムニカ」というフォーマルな表現もありますが、フォーマルなだけにややかたい感じがします。かつては初対面の人には「アンニョンハシムニカ」を使うようにという注釈をつけていましたが、現在は初対面の人でも「アンニョンハセヨ」で十分だと思います。

  • 第5回 イルム:이름(名前)   学びつつ イルムの仕組み 見つけ出す (NO106) 韓国人のイルム(名前)には色々なルールがあります。例えば男兄弟は同じ漢字が一文字使われ、この漢字は従兄弟にも用いられます。もちろん例外もありますが、同じ代では同じ漢字を用いるというルールがあります。 この漢字のことを「行列字(항렬자:ハンニョルチャ)」または「돌림자:トルリムチャ」といいます。代ごとに別の文字が用いられますので、これで何代目の子孫かが分かる仕組みになっています。 この句で「仕組み」とあるのはこのようなルールのことです。学びながらこのルールの仕組みを知ると、ドラマをみる目も変わってくるでしょう。 イルムには 伝統的な 五行あり (NO113) イルムのルールの「行列字」には世代の順序があり、「五行説」に従います。「五行:오행」とは「木-火-土-金-水」の順の五つをいいます。イルムには五行とかかわりのある文字がよく用いられました。例えば、祖父が「木偏」だとすると、 父は「火偏」、私は「土偏」、子供は「金偏」で孫は「三水偏」が付くといったように五行の順に名前に漢字が振り当てられます。この文字は適当に付けるのではなく、すでに決まっていて、この決まった文字を「行列字」と呼んでいます。「五行」でない場合は数字や干支が用いられますが、この順序が世代順となります。 韓国の イルム可愛い うらやましい (NO114) 韓国の名前には難しいルールがありますが、最近はこうしたルールに沿ったものではなく、純固有語の名前を付ける親も増えてきましたし、実際に「아름:アルム(美しさ)」「한샘(大きい泉)」「보름(満月)」などよく耳にするようになりました。 こんな句もあります。 イルムを知り ため息をつく 若人よ (NO103) 韓国では長く同姓同本(姓も同じで、本貫(その姓の出た土地)も同じ)だと結婚できませんでした。せっかくミーティング(「合コン」のこと)でいい人と出会っても、同姓同本であればため息を付くしかないという内容の句です。 金さんは韓国に約1000万人ほどいます。このうち4割ほどが金海金氏(姓が金で本貫が金海の場合)で、全体の約1割に当たります。 類句に次の句があります。 合コンで イルムと本貫 最重要」(NO126)