フラクタル(自己相似性)とは?

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オンマヤ・ヌナヤ-15

オンマヤ・ヌナヤ-16

オンマヤヌナヤ15で、カタル先生は次のように説明しています。

歌樽先生:<フラクタル>とは自然でよく見られる形で、一部を抜き出すと全体と似た形になるところに特徴があります。例えば、枝から枝がでている一部分が、木全体の構造と似ていたり、海岸線のある部分を拡大すると、拡大前のより大きな海岸線と似ていたりといったところでしょうかね。ここは大切ですからしっかりおさえておきましょう。

オンマヤヌナヤ16では<フラクタル>を使って金素月の詩の音韻構成を分析しています。ハングルの詩のある風景シリーズの新連載「산유화 山有花」でも、<フラクタル>の理解が必須だそうです。

Google 検索に次の説明があります…形の適宜な一部を取ってもそれが全体と似ている成り立ちをしていること。自己相似的…

オンマヤ・ヌナヤ 25

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ、ヌナヤ」第25回

歌樽先生:「オンマヤ ヌナヤ」の歌詞によって作られた金グァンス先生の曲が、今は「オンマヤ ヌナヤ」の歌詞よりも有名になってしまっているのです。

詩子アナ:では金素月が「オンマヤ ヌナヤ」という詩を作ったことよりも、金グァンス先生がこの曲を作ったほうがよく知られているのですか。

歌樽先生:いえ、金グァンスの作曲ということもよく知られていません。

詩子アナ:えっ!では、どうなっているのですか。

歌樽先生:日本の童謡に「うさぎ追いしかの山」というのがありますね。

詩子アナ:はい、「小鮒釣りしかの川」、確か「故郷(ふるさと)」ですよね。

歌樽先生:そうです。この歌の作詞者と作曲者を知っていますか。

詩子アナ:いいえ、知りません。あまり考えたこともありません。

歌樽先生:高野辰之作詞、岡野貞一作曲ですが、歌の有名度に比べると二人の知名度は低いですよね。

詩子アナ:ええ、「故郷」という歌は日本人で知らない人がいないぐらい有名なのに、歌を作った作詞者と作曲家はほとんど知られていませんね。

歌樽先生:歌が有名になればなるほど、作詞者、作曲者は二の次になるんです。

詩子アナ:作詞者と作曲者が忘れられてしまうのが問題なのですか。

歌樽先生:それも問題なのですが、もっと大きな問題があるのです。誰もが曲に合わせて歌おうとしますからね。因みに先ほどの訳詩ですが、これを金グァンス先生の曲 に合わせて歌ってみてください。

詩子アナ:では、一番平凡タイプでやってみます。

♪母さん 姉さん 川辺で暮らそ
お庭はきらきら金の砂
お外はそよそよ葦(よし)の歌
母さん 姉さん 川辺で暮らそ ♪

なかなかうまく合いませんね。

歌樽先生:「オンマヤ ヌナヤ」はもう金素月の詩が中心になっているのではなく、金グァンス作曲の「オンマヤ ヌナヤ」になっていて、しかも作詞の金素月よりも作曲者ははるかに知られていないにもかかわらず、曲のみが誰の耳にも残っているという状況なのです。

詩子アナ:つまり、「故郷」は「故郷」の曲、「オンマヤ ヌナヤ」は「オンマヤ ヌナヤ」という曲になり、その曲があって、歌詞があるということになっている訳ですね。

歌樽先生:そういうことです。ですから、曲は思い出せても歌詞は忘れるということが起きるのです。

詩子アナ:つまり、もとの詩が中心ではなく、曲中心になっているということですか。これこそ主客転倒ですね。こういうどんでん返しがあるとは思いませんでした。自由に詩を創作しなさいというのはそういうことだったのですか。

歌樽先生:そうだからといって、落胆することはありません。今まで学んだことを基礎にやれば十分やりきれると信じています。

詩子アナ:そんな風に信じられても、ちょっと力が抜けますね。オンマヤ!でも、曲があるということは、それがヒントになりますから、あながち悪いともいえないような気もします。

歌樽先生:では、今度は曲も考慮しながらやってみましょう。さっきいろんなバージョンの訳詩を見せてもらいましたから、それらを試してみることも可能ですね。

詩子アナ:ああ、大変、大変。歌もそれほど上手な訳ではないし。

歌樽先生:でも「無理、無理、無理の十八里」の距離は少し縮まりましたか。

詩子アナ:いえいえ、「びっくり、びっくり、十八里」で距離は変わりません。

歌樽先生:「びっくり」の「くり」が「九里」で、これが2つで「十八里」という訳ですか、詩子さんの調子が戻ってきたようですね。これで、安心しました。

詩子アナ:私は「有知無知三十里」という心境です。

歌樽先生:難しい故事成句ですね。これを知っているひとは「ソウソウ」いませんから。

詩子アナ:「曹操(そうそう)」さんの気持ちで、歌いながらやってみます。ところで、訳詩というのは元の詩からこんなに離れていいんでしょうか。

歌樽先生:表面的には原詩から離れるほど、内容的には原詩に近づく場合もありますから、一概にはいいとか悪いとかは言えませんね。最終的には作者の意図が訳詩に十分反映されているかどうかということでしょうから。では、期待しています。

ナレーター:みなさん、どんな風景が見えたでしょうか。独断と偏見でお馴染みの歌樽先生、そして詩子アナウンサー、長時間お疲れ様でした。

以上で「ハングルの詩のある風景-オンマヤ、ヌナヤ」を終わります。次回はどんな風景でしょうか、お楽しみに。

オンマヤ・ヌナヤ 24

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ、ヌナヤ」第24回

詩子アナ:自由に創作してみなさいというのは、何か理由があるのですか。どうも腑に落ちないのですが。

歌樽先生:なるほど、鋭いですね。なかなかいいところを押さえられるようになりましたね。作曲家の安ソンヒョン先生の「オンマヤ ヌナヤ」の歌碑を以前(第1回・第2回)見ましたね。

詩子アナ:はい、楽譜は詳しく見ませんでしたが。

歌樽先生: 安ソンヒョン先生作曲のものが歌碑に刻まれています。

http://blog.daum.net/namury44/16888572image

ところが、現在歌われている「엄마야 누나야」の歌は実は安先生の作曲ではなく、金グァンス先生作曲のものといわれています。

詩子アナ:今まで聴いていた「オンマヤ ヌナヤ」は金グァンス先生のものなんですか。

歌樽先生:今はほとんどそうですね。下の金グァンス先生作曲の楽譜と上の安ソンヒョン先生の楽譜を比べてみるとかなり違いますね。

http://blog.daum.net/jshwang11/502image

詩子アナ:メロディーも拍子も音符の数も違いますし。

歌樽先生:そこで大きな問題が生じるのです。

詩子アナ:どんな問題ですか。

歌樽先生:では、それを考えてみましょう。

オンマヤ・ヌナヤ 23

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ・ヌナヤ」第23回

歌樽先生:では、やってみましょう。

詩子アナ:一番平凡なタイプの訳です。

①母さん 姉さん 川辺で暮らそ
④お庭はきらきら金の砂
⑤お外はそよそよ葦の歌
①母さん 姉さん 川辺で暮らそ

歌樽先生:では、平凡でないものはどんな感じですか。

詩子アナ:平凡かどうかといわれると困るんですが、こんな感じです。

⑩ねえ、ママ  姉さん  川辺で住もよ
⑥お庭は川洲がきらきらと
⑥お外は葦の葉そよそよと
⑩ねえ、ママ  姉さん  川辺で住もよ

歌樽先生:別な組み合わせも考えてみましたか。

詩子アナ:上のを少し変えて、こんなものも考えてみました。

②母さん 姉さん 川辺で住もよ
⑤お庭はきらり金の砂
⑩お外はそより葦(よし)の歌
②母さん 姉さん 川辺で住もよ       

歌樽先生:ずいぶん深く考えましたね。では、このどれかを選んで、第17回でやったように色分けしてみましょう。

詩子アナ:では、次の訳詩でやってみます。

母さん 姉さん 川辺で住もよ
お庭きらきら金の砂
お外そより葦の歌
母さん 姉さん 川辺で住もよ

歌樽先生:左が上の訳のハングル表記、真ん中はその五行音、一番右は「オンマヤ ヌナヤ」ですね。


詩子アナ
:はい、真ん中のハングル表記の色分けは「木・水」を緑、他は赤色にしてあります。

歌樽先生:お疲れ様でした。では、これをヒントに自由に詩を創作してみましょう。

詩子アナ:えっ?訳詩ではなく、創作詩ですか。それはもう無理、無理、無理の十八里です。

歌樽先生:「無理、無理、無理の十八里」という言葉があるのですか?

詩子アナ:いえ、余りにも無理なので、今作ってみました。

歌樽先生:その調子でやってみましょう。

オンマヤ・ヌナヤ 22

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ・ヌナヤ」第22回

詩子アナ:では、「엄마야 누나야 강변 살자」からやってみます。どんどん自由にやれということでしたので、いろいろ考えてみました。

①母さん 姉さん 川辺で暮らそ
②母さん 姉さん 川辺で暮らそう
③母さん 姉さん 川辺で暮らそうよ
④お母さん お姉さん 川辺で暮らそう
⑤お母さん お姉さん 川辺で暮らそうよ
⑥お母さん お姉さん 川辺で住もう
⑦お母さん お姉さん 川辺で住もうよ
⑧お母さん お姉さん 川辺で住みたいよ
⑨ママ  姉ちゃん  川辺で住もやん
⑩ねえ、ママ  姉さん  川辺で住もよ

歌樽先生:いろいろやってみましたね。音の種類はどうなっていますか。

詩子アナ:①から⑩の全てに5つの音が入っています。

歌樽先生:なるほど。では二行目に行きましょう。

詩子アナ:次は「뜰에는  반짝는  금모래빛」です。

①庭にはきらきら金の砂
②庭にはきんきら川洲が光り
③お庭きらきら金の砂
④お庭はきらきら金の砂
⑤お庭はきんきら金の砂
⑥お庭は川洲がきらきらと
⑦お庭はきらきら川洲が誘い
⑧お庭の川洲はきらきら光り
⑨お庭の川洲はきらきらと
⑩お庭はきらきら川洲だよ

歌樽先生: 音の種類はどうなっていますか。

詩子アナ:①から⑩まで全て水がありません。木・火・土・金の4つはあります。

歌樽先生:マ・バ行がありませんね。では、この調子で次にいきましょう。

詩子アナ:次は「뒷문 밖에는 갈잎의 노래」です。

①背戸のお外は葦の葉そよぐ
②外はそよそよ葦(よし)の歌
③お外は葦の葉そよそよそよぐ
④お外はそよそよ葦の葉そよぐ
⑤お外はそよそよ葦の歌
⑥お外は葦の葉そよそよと
⑦お外はそよそよ葦の葉歌う
⑧お外そよそよ葦(よし)の歌
⑨お外そよそよ葦(よし)歌う
⑩お外はそより葦(よし)の歌

歌樽先生: 音の種類はどうなっていますか。

詩子アナ:「뒷문 밖에는 갈잎의 노래」は「뒨문 바께는 갈리페 노래」と発音され、「土」と「金」の2つがありませんが、①から④は「水」がなく、⑤から⑩は「木」と「水」の音がありません。

歌樽先生:2行目と3行目の音の兄弟姉妹の関係はどのように考えましたか。

詩子アナ:2行目の「お庭」と「お外」の「お」を重ねるのと、「砂」と「歌」を使えばどちらも母音が「う・あ」で揃うかなと考えてみました。あとは「きらきら」と「そよそよ」の音の反復でなんとか切り抜けようかと考えましたが。

歌樽先生:なるほど、よく考えましたね。では、上のどれかを選んで一つのまとまった訳詩にしてみましょう。それから、もう一度考えてみましょう。

詩子アナ:えっ!もう一度やり直しですか?

歌樽先生:必要であればの話ですが。

詩子アナ:はい、では上の訳を組み合わせてみます。

オンマヤ・ヌナヤ 21

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ・ヌナヤ」第21回

歌樽先生:では、2行目に移りましょう。ここは誤植もあるのですが、「뜰에는  반짝이는  金(금)모래빛」と考えて訳詩してみましょう。

詩子アナ:誤植があるのですか。

歌樽先生:はい、「金모래빛」のところが「金금래빗」となっています。「オンマヤ、ヌナヤ」の3つ前の「江村(강촌)」という詩で「금모래 반짝」という句を使っています。ここは「金모래빛」と考えていいでしょう。

詩子アナ:さっきは「庭には煌めく金の砂の光」と訳しましたが、文字数が多すぎる気もします。

歌樽先生:それにリズムもよくありませんね。1行目の「ママ、姉さん、川辺で住もうよ」と文字数をあわせられますか。

詩子アナ「ママ、姉さん、川辺で住もうよ」は「2+4+4+4」で14ですね。「庭には煌めく金の砂の光」では「4+4+6+3」で17ですね。

歌樽先生:もう少し短くしてみましょう。

詩子アナ:「砂の光」の「光」を取って、「庭には煌めく金の砂」でいかがでしょうか。これで、「4+4+5」で13です。

歌樽先生:では、その調子で、3行目を訳詩しましょう。

詩子アナ:「裏門」の「裏」を取って、「門の外には葦の葉の歌では「3+4+5+2」で14です。

歌樽先生:訳したという感じが残っていますが、まず字数を合わせてリズムよくしましょう。

詩子アナママ、姉さん、川辺で住もうよ  14

庭には煌めく金の砂            13

門の外には葦の葉の歌          14

ママ、姉さん、川辺で住もうよ  14

歌樽先生:これをハングルで書いてみましょう。長音、つまり長く伸ばす音ですが、これは書きませんので、注意しましょう。

詩子アナ:では、ハングルで書いてみます。

           마마 네상 가와베데 수모요      11

           니와니와 기라메쿠 긴노수나     12

           몬노 소토니와 아시노하노 우타  13

마마 네상 가와베데 수모요      11

詩子アナ:ハングルで書くと、文字数が違ってきますね。

歌樽先生:「母さん」をハングルで書いてみましょう。

詩子アナ:「가상」ですか。文字数ではママも母さんも同じになりますね。

歌樽先生:金素月はいろいろと無理をしてでも、10文字に収めたかったようですから、書き方を工夫してハングル10文字で訳詩をしてみましょう。

詩子アナ:えっ! そんなことしなくてはいけないのですか。

歌樽先生:しなくてはいけないのではなくて、試みとしてやってみようというのです。それが最終の訳詩という訳ではありませんから。

詩子アナ:でも、これ、面白そうですから、やってみます。

母さん 姉さん 川辺で住もう

가상 네상  가와베데 수모     10

はキラリ

           니와와  기라리  킨노수나     10

           오소토 아시노하 우타우       10

母さん 姉さん 川辺で住もう

가상 네상 가와베데 수모      10

歌樽先生:文字を合わせるので、無理もありますが、ハングルで書けば、ぎりぎりですが、10文字になりましたね。では、こんどは、リズムよく自由に訳詩しましょう。

詩子アナ:リズムよく、自由にですか、難しいですね。

歌樽先生:いえいえ、これからは、詩子さんの力が十分に出せるところです。これまで学んだことを思い出しながらやってみましょう。詩子さんの実力が発揮できる場ですよ。

詩子アナ:いままでずいぶん実力を発揮したつもりですが、これからですか。山また山ですね。

歌樽先生:もう、ゴールは近いのですから、山ではなく川辺でどんどん自由にやってみましょう。

詩子アナ:詩子、ウッチャッコー、ファイティング!

オンマヤ・ヌナヤ 20

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ・ヌナヤ」第20回

詩子アナ:どうして、「강변에 살자」ではなくて、「강변 살자」なんですか。これでは、「川辺に住もうよ」ではなくて「川辺住もうよ」となっておかしい気がするのですが。

歌樽先生:その通りですね。ところが、誰もおかしいとは思っていないようです。「강변 살자」という名前のペンションもあるようですし。

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=zemi00&logNo=60196457993

http://map.zum.com/zum/hub?ptype=p_detail&mk=MP1336047192310&oid=&p_eye=

詩子アナ:こういった省略は童謡とか詩だからということもあるんですか。

歌樽先生:それはあると思います。さっきの「かかさん」が歌詞にある「十五夜お月さん」は野口雨情の作詞ですが、ここでは「もらわれて」を「貰られて」と書いてあります。

http://j-lyric.net/artist/a00126c/l013274.html 

noguchi-ujo-15ya

詩子アナ:なにか果てしなく寂しい歌ですね。お母さんが亡くなったようで、お父さんもいないんでしょうか。童謡とは思えないほどですね。

歌樽先生:これと較べると「엄마야 누나야」は明るいですね。

詩子アナ:そうですね。希望がありますから。ところで、「貰われて」を「貰られて」のように言葉の数を合わせるために適当に変えてもいいのですか。

歌樽先生:無理なものは無理と考えるのがいいでしょうね。

詩子アナ:「강변 살자」はどうですか。

歌樽先生:「강변 살자」は原本には「江邊살쟈」と一語のように書いてあって、分かち書きをしていませんから、「강변살다」という動詞として認識していた可能性はあると思います。もう一つは言葉の性質上、一度納得できれば少し変でも分かったつもりになって、だんだんと抵抗が少なくなるというところもありますね。それで、一行目の訳詩はどうなりましたか。

詩子アナ:ママを使ってみました。それから助詞の「で」を入れました。

「ママ、姉さん、川辺で住もうよ」

歌樽先生:ママという語について考えてみましょう。

第53問:ママという語は日本でいつ頃から使われ始めるようになったのでしょうか。

1)大正(1912)以前から 2)昭和20年(1945)頃

3)昭和40年(1965)     4)平成(1989)以降

詩子アナ:私のおじいさん、おばあさんの頃だとして、昭和20年頃だと思います。

歌樽先生:実は意外と古いんです。

第53問:答は1)大正(1912)以前からといわれています。

詩子アナ:はあ、そうですか。ところで、私の訳詩の出来はいかがですか。

歌樽先生:「かか様、姉様、家は川辺ぢゃ」に比べると、子供にも分かりやすいですね。

詩子アナ:ヤッター!