ハングルの詩・時代と文化
兼若博士が金素月(1902-34)の詩と時代・背景を楽しく案内します

▼ページ目次(スマホは=をクリック)
about
Author: goolee0
-
詩子アナ:分かりました。「うたこ」は1)です。 歌樽先生:冴えてきましたね。 詩子アナ:いろいろとヒントをいただいて、第11問は分かりました。 第13問:答えは1)です。 歌樽先生:その心は? 詩子アナ:「ココロ」だからです。カ行の音がありますから。 歌樽先生:正解!これで、第10問にずいぶん近づきましたよ。 詩子アナ:では、「カ行音」をヒントにこつこつとやってみます。 아침도 모르고 설잠을 자노라면 귓가에서 지저귀는 새소리 어젯밤 뒤설닌 바람비에 꽃 잎사귀는 얼마나 떨엿노 第3行目だけが「カ行」がありません。 歌樽先生:ということは? 詩子アナ:これは行単位でみると3つの行にカ行があり、1つの行にはない訳ですから、「2種3同」のタイプと見ることができます。 歌樽先生:そのように見ることもできますが、実はさきほどの井伏鱒二の訳と比べると面白いですよ。 原文「春暁」孟浩然 春眠不覚暁 ハルノネザメノウツツデ聞ケバ 処処聞啼鳥 トリノナクネデ目ガサメマシタ 夜来風雨声 ヨルノアラシニ雨マジリ 花落知多少 散ツタ木ノ花イカホドバカリ 詩子アナ:3行目にはどちらもカ行の音がないんですね。答が後先になりましたが、 第12問:答えは3)の第3行目です。 어젯밤 뒤설닌 바람비에 ヨルノアラシニ雨マジリ 金素月の訳と井伏鱒二の訳は何か関係があるのですか。 歌樽先生:関係はないでしょう。金素月の訳は1925年4月13日の『東亜日報』が初出で、井伏鱒二の訳の初出は1933年10月『文学界』(文化公論社)「田園記」とのことですから。どちらにもカ行の音がないのは偶然でしょう。ただ、新しい思想に接するという時代的背景の中で漢文調の訳だけでは満足できず、独自の訳を試みる必要性を強く感じはじめたのだと思われます。なぜ3行目に、井伏の訳にも素月の訳にも「カ行」の音がないのかは、このことと関係があるように思われます。 詩子アナ:「不覚暁(あかつきをおぼえず)」、「聞啼鳥(ていちょうをきく)」、「風雨声(ふううのこゑ)」、「花落知(はなおちることしる)」といった書き下し文ではどうしてもこの詩の場合「カ行」音がでてきますが、訳の方針をまったく変えたために3行目に「カ行」音がなくなったということですか。 歌樽先生:基本的にはそうだと言っていいでしょう。 詩子アナ:素月は誰の漢詩のハングル訳も参考にしないで訳詩をしたのでしょうか。 歌樽先生:一人では難しかったでしょうね。素月の師匠の金億先生は『꽃다발』(花束)という題で漢詩をハングル訳したものを1944年にだされています。この中には1910年代から訳詩なさったものもあって、恐らく素月にも参考にするように見せたのでしょう。 詩子アナ:孟浩然の「春暁」は金億先生の本には含まれていないのですか。 歌樽先生:では、これを問題にしましょう。 第14問: 金億の『꽃다발』という訳詩集に含まれる原詩の漢詩は次の内どれでしょうか。 1)中国の漢詩 2)朝鮮の漢詩 3)中国と朝鮮の漢詩 4)朝鮮女流詩人のみの漢詩
-
歌樽先生:これは「山有花」の詩でやってみましたね。 詩子アナ:そういえば、表を作った記憶がありますが。 歌樽先生:ではそんな感じで整理してみましょう。 詩子アナ:分かち書きをしてから見てみます。 아츰도 몰으고 설잠을 자노라면 귀ㅅ가에서 지저기는 새소리 어제ㅅ밤 뒤설닌 바람비에 꽃 입사귀는 얼마나 떨엿노 {꽃:原文(ㅅ+ㄱ+ㅗ+ㅅ) 떨:原文(ㅅ+ㄷ+ㅓ+ㄹ)} 第11問:行ごとの頭音と脚音の陰陽と五行を整理してみます。 陰陽 五行 頭音 脚音 頭音 脚音 第1行 아:陽 면:陰 아:土 면のㄴ:火 第2行 귀:陰 리:陰 귀:木 리:火 第3行 어:陰 에:陰 어:土 에:土 第4行 꽃:陽 노:陽 꽃:木 노:火 特徴 2陽2陰 1陽3陰…
-
歌樽先生:書には書風、絵には画風があるように、作家には作風というものがありますから、それから類推するという方法がありますね。 詩子アナ:なるほど、そういわれると、そのとおりですね。芥川龍之介は「蜘蛛の糸」、井伏鱒二は「山椒魚」、内田康夫はサスペンス、遠藤周作は「沈黙」。 歌樽先生:そういう風にやればいいですね。 詩子アナ:サスペンスの内田康夫とキリスト教文学の遠藤周作は除外できそうですね。 歌樽先生:なかなか、いい感じですよ。 詩子アナ:では、私風にいえば「蜘蛛の糸」と「山椒魚」の戦いですね、 歌樽先生:戦いとかそういう問題ではないんですが、いろいろと考えてみることはいいですね。 詩子アナ:父親の残した訳を自分の好みのまま直したとのことですから、お父様もそうとうの学識者らしいですから、そこらあたりから攻めてみると道が開けるような気がするのですが。 歌樽先生:じゃあ、ここまで進みましたから、私が答をいいましょう。 詩子アナ:えっ!先生がお答えになるんですか。 歌樽先生:今回はいろいろ遠回りしてみようという訳ですから、一つぐらい私が答えても構わないでしょう。 詩子アナ:あの、今出てきたんですけど。答えます!! 第10問:答えは、2) 井伏鱒二です。 https://kanbun.info/syubu/toushisen250.html 歌樽先生:滑り込みましたね。井伏鱒二のお父さんは号を素老といって、漢詩文をよくなさったようですよ。ただ、その訳には「粉本」つまり見本にしたものがあったようですがね。 詩子アナ:井伏鱒二のお父さんには「粉本」があり、井伏鱒二にはお父さんという「粉本」があったという訳ですか。私はそれよりもお父さんの「素老」という号が「素月」の「素」と同じだというのに驚きました。 「ハルノネザメノウツツデ聞ケバ」の訳詩は7音が基本で5音が一つですが、素月の訳も7音と5音になっているんですか。 歌樽先生:分かち書きをしていないので、分かりにくいのですが、七五調でも五七調でもないことは確かです。読んでみると3音と4音が基本になっていますから。見てみましょう。 詩子アナ:見ただけで難しそうですね。 아츰도몰으고설잠을자노라면 귀ㅅ가에서 지저기는새소리 어제ㅅ밤 뒤설닌바람비에 꽃입사귀는 얼마나떨엿노 {꽃:原文(ㅅ+ㄱ+ㅗ+ㅅ) 떨:原文(ㅅ+ㄷ+ㅓ+ㄹ)} 歌樽先生:音で読んでみると分かりやすいですよ。 詩子アナ:はい。やってみます。 아츰도몰으고설잠을자노라면 → 아침도 모르고 설잠을 자노라면 귀ㅅ가에서 지저기는새소리 → 귓가에서 지저귀는 새소리 一行目は3・3・3・4、二行目は4・4・3、確かに3音と4音でできていますね。 歌樽先生:この訳詩は金素月の詩の特徴を備えていますね。 詩子アナ:以前、素月の詩の特徴をいくつか学びましたが、ほとんど忘れてしまいました。 歌樽先生:習ったということを覚えているだけでも立派ですよ。 詩子アナ:立派だといわれても困ります。 歌樽先生:ヒントになるかどうかわかりませんが、問題を出してみましょう。 第11問:各行の音を調べて、その特徴を見つけましょう。…
-
わ[와] わかったわ あらそうですか 알았어요
-
ら[라] 楽にして 足がたいへん 편히 앉으세요 り[리] 立派です 金メダルとは 훌륭합니다 る[루] ルンルンよ 踊ればいつも 신나네 신나요 れ[레] 例あげて 桜の名所 예를 들어 주세요 ろ[로] 論外だ 犬にコーヒー 말이 안됩니다
-
や[야] 安くして もう少し 좀 싸게 해주세요 ゆ[유] ゆっくりと 山道行こう 천천히 갑시다 よ[요] よろしくと 伝えてください 안부 전해 주세요
-
ま[마] 間違いない 双子のようだ 틀림없어요 み[미] 見たわ夢 会いたくなったの 보고 싶어요 む[무] 無理ですよ 結婚なんて 그건 무리예요 め[메] めんどうを おかけしてます 폐를 끼쳐 죄송해요 も[모] もちろんよ OKですよ 물론이에요
-
歌樽先生:すごいこととは何でしょうか。 詩子アナ:はい。ふたつあります。 第8問:一つ目は、「旧樹芽」の2行分だけで「新樹芽」ができていることがわかります。 二つ目は、「旧樹芽」の3行目と4行目は「新樹芽」では該当する部分がありません。 歌樽先生:ということは、どういうことでしょうか。 詩子アナ:「新樹芽」では「旧樹芽」の最後の2行の「春が自分にも来ていて芽吹こうとしている」と言う内容を切り離して、捨ててしまっています。 내가슴에도 봄이와서 지금 눈을 트랴고하여라. なぜ、この部分を切り取ったのでしょうか。 歌樽先生:そうですね。そこはあとで考えることにしましょう。 第9問:まず。この部分を試訳しましょう。 詩子アナ:では、五七調でやってみます。 第9問:答 a) わが胸に春訪れぬ 今まさに芽を吹かんとす。 歌樽先生:七五調でもやってみますか。 詩子アナ:はい、では七五調で。 第9問:答 b) わが心にも春来たり 芽は今まさに出でんとす。 歌樽先生:いろいろと考えたようですね。漢詩か英詩の和訳のような趣がありますね。 詩子アナ:なんとなくこんな感じになってしまいました。 歌樽先生:金素月は漢詩をハングル訳するときに漢文調の訳はしなかったようですよ。 詩子アナ:金素月は漢詩を訳しているんですか。 歌樽先生:幾つも訳していますよ。孟浩然の「春暁」や杜甫の「春望」なども含まれています。 詩子アナ:「春暁」は「春眠暁を覚えず」で始まる詩ですよね。 歌樽先生:学校の書き下し文ではそう習うようですね。土岐善麿は「はるあけぼのの うすねむり まくらにかよふ とりのこえ かぜまじりなる よべのあめ はなちりけんか にわもせに」という訳をつけていますよ。 http://www.dwc.doshisha.ac.jp/faculty_column/representation/2015/post-204.html 詩子アナ:そういう訳詩があったんですか。 歌樽先生:もう一つ別の訳詩を原文と比べて見ましょう。 原文「春暁」孟浩然 春眠不覚暁 ハルノネザメノウツツデ聞ケバ 処処聞啼鳥 トリノナクネデ目ガサメマシタ 夜来風雨声 ヨルノアラシニ雨マジリ 花落知多少 散ツタ木ノ花イカホドバカリ 歌樽先生:では、これを問題にしましょう。「ハルノネザメノウツツデ聞ケバ」の詩に関してです。 第10問:この訳詩と最も関係の深い人物は次の内の誰でしょうか。 1) 芥川龍之介 2) 井伏鱒二 3) 内田康夫 4) 遠藤周作 詩子アナ:関係の深い人ですか。訳した人ではなくて? 歌樽先生:するどい指摘ですね。 詩子アナ:ということは本人が訳したものではないけれど、深い関係があるという訳ですね。 歌樽先生:本人の言葉では「亡き父親の残した訳を自分の好みのまま直した」とのことですが、どこまでが父親の訳なのか、どこをどう直したのかは書かれていません。 詩子アナ:ちょっと失礼して、調べてみます。 歌樽先生:調べる前に考えてみるということはしないんですか? 詩子アナ:最近、何でもすぐに探るようになって、こういう問題ではあまり考えなくなってしまいました。反省しなくてはいけないと時々考えてみることもあるのですが、ついついすぐに答を求めてしまいます。
-
歌樽先生:なるほど。なかなかいい提案ですね。では、「旧鯉」と「新鯉」の違いを参考に、「旧樹芽」と「新樹芽」の違いを考えてみましょう。 詩子アナ:「旧樹芽」と「新樹芽」の違いをすぐ見つけるのは難しいので、「旧鯉」と「新鯉」との違いを参考にして考えてみようということですか。 歌樽先生:そうですね。そういう方向で見て行きましょう。 第7問:「旧鯉」と「新鯉」のそれぞれで使われている語彙を比較して、違いを指摘しましょう。 詩子アナ:ただ、比較するだけではだめなようですね。詩的にもするひつようがあるようですね。 歌樽先生:方針が立ったようですね。安心しました。 詩子アナ:はい、やってみます。 旧鯉 新鯉 甍(いらか)の波と雲の波、・・・・屋根より 重なる波の中空(なかぞら)を、・・高い 橘(たちばな)かおる朝風に、 (該当なし) 高く泳ぐや、鯉のぼり。・・・・・・こいのぼり (該当なし) おおきいまごいは おとうさん (該当なし) ちいさいひごいは こどもたち♪ (該当なし) おもしろそうに およいでる ♪ 歌樽先生:なるほど、こういう比較から分かったことは? 詩子アナ:鯉のぼりそのもの描写か、家族と見立てる心持ちかという違いです。 第7問:「旧鯉」では鯉のぼりが空高く泳いでいるという個の描写が中心で、「新鯉」ではこいのぼりを家族と見立てて歌っている心が中心となっています。 歌樽先生:なるほど、するどい指摘になりましたね。「旧鯉」での最後の鯉のぼりが個であるという証拠はあるのですか。 詩子アナ:「旧鯉」の歌詩をスマホで確かめてみたのですが、3番の歌詞で龍になる男子といった内容が歌われていますから、家族ではなく男の子の描写かなと思いました。 歌樽先生:詩子さんの説には鯉の滝のぼりのような勢いが付きましたね。ほぼ竜のようですね。 詩子アナ:お褒めのお言葉、ありがとうございます。竜頭蛇尾にならないようにいたします。 「樹芽」は短い詩ですが、他にも短い詩があるのですか。 歌樽先生:かなりの数になりますね。詩集『진달래꽃』の中にも5行以内の詩が20数首ありますから。いろいろな試みをしているところが、光っていますね。 詩子アナ:光っているんですか。 歌樽先生:昼には星がみえないように、光っていてもなかなか気付かないんですよ。素月自身がこのようなことを言っていますね。 詩子アナ:素月の言葉ですか。心の目を開くのが大切なんですね。 歌樽先生:どんどん詩人の気持ちに近づいているようですね。 詩子アナ:お褒めに与って恐縮です。 歌樽先生:では、この調子で「旧樹芽」と「新樹芽」を比べてみましょう。 第8問:「旧樹芽」と「新樹芽」を比較して、違いを指摘しましょう。 詩子アナ:はい、やってみます。 旧樹芽 新樹芽 웬만한 설은봄은 아니여! 설다해도 웬만한, 봄이안이어, 나무가지 가지마다 눈을텃서라, 나무도 가지마다 눈을터서라! 내가슴에도 봄이와서 (該当なし) 지금 눈을 트랴고하여라. (該当なし) 歌樽先生:これで何かわかりましたか。 詩子アナ:すごいことが分かりました。
-
大阪の韓国総領事が韓国の京郷新聞に寄稿した文章が「過去の枠組みでは捉えられない新潮流」という見出しで掲載されています(6月20日付け記事)。 原文の記事見出しは ‘과거의 프레임’으론 볼 수 없는 한·일관계의 ‘새 흐름’ です。逐語訳は「<過去のフレーム>では見ることができない日韓関係の<新しい流れ>」でしょうか。