ハングルの詩のある風景: 素月と鉄橋 第14回

歌樽先生:汽車の下に張り付くのは難しいでしょうね。「007」の映画のようになってきましたが、動いている列車に跳び乗った人もいたようですし、老人や行商人に変装したり、二重底になった舟で密航したり、冬には川が凍りますので、監視の目の届かないところを渡ったりしたようです。

詩子アナ:そういうお話を聞くだけでも、胸がドキドキしてきます。そういうことがあったということが分かるような訳詞でないとだめでしょうね。

歌樽先生:この詩にある「무쇠다리:鉄の橋」とタイトルの「よその国:남의 나라 땅」と言っただけで、当時の状況は分かりますから、そこのところを忘れずに訳詞できれば十分です。

詩子アナ:でも、すぐ捕まるようではいけませんね。

歌樽先生:そうですね。捕まらないようにしている訳ですから、渡る前も渡ってからも捕まらないようにしなければなりませんね。「돌아다보면 무쇠다리」ではなく、「돌아다보이는 무쇠다리」とした理由がわかりましたか?

詩子アナ:はい。「돌아다보이는 무쇠다리」であれば、自分で見たのではなく、見えた訳ですから、なぜ見たのかという問いが成立しませんね。渡ってきた橋をまた見ていると、捕まるかもしれないという恐れもあるでしょうし。

歌樽先生:そうですね。こういう流れで、「얼결에 뛰어 넘어오니」を考えてみましょう。

第17問:なぜ「얼결에」という語が選ばれているのでしょうか。

  • 1) どうすればよいか分からなかったため 
  • 2) 気付いたらもう橋を渡っていたから
  • 3) 橋を渡った意図を明らかにしないため  
  • 4) 警備が厳しく気が気でなかったから

詩子アナ:これはもう、完璧です。

第17問:3) 橋を渡った意図を明らかにしないため、です。「民族独立運動をしたり、中国で一旗揚げようなどというつもりなどもともとなく、ただ何かの弾みで、つい来ちゃったんです」という感じです。  

歌樽先生:解説つきで、分かりやすくなりましたね。この「뛰어 넘어오니(走って橋を越えたので)」は1925年の1月1日付の「東亜日報」のもので、同じ年の12月26日発行の詩集『진달래꽃』では、そこのところが「얼결에 띄워 건너서서」となっています。詩語を変更した理由はなんでしょうか。

詩子アナ:先ほどの「治安維持法」や「三矢協定」などで、民族の独立を訴えたり、そのための運動をする側にとっては大きな痛手を受けて、鴨緑江の鉄橋を歩いて渡ること自体、ほぼ不可能になったからではないかと思います。

歌樽先生:そうですね。鴨緑江鉄橋を駆け抜けることは現実的に不可能になったために、鉄橋の上ではなく、その下を船か筏かヨットかを浮かべて渡るという風に詩の内容を変えたものと思われます。当時の鉄橋の絵葉書が残っていますから、見ておきましょう。

詩子アナ:鴨緑江鉄橋の近くにいろんな船が浮かんでいますね。

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