ハングルの詩のある風景: 素月と鉄橋 第8回                  

歌樽先生:こちらの歌は歌詞が少し違っていますね。

鴨緑江節 / 土取利行(唄・演奏) – Bing video

詩子アナ:歌詞の字幕の「信義州(正しくは新義州)」がこちらは「安東県」になっていましたね。

歌樽先生:「安東県」は、今は「丹東」に地名が変わっていますね。

歌樽先生:春日八郎(かすがはちろう)や東海林太郎(しょうじたろう)のものもありますよ。

春日八郎の 鴨緑江ぶし – Bing video

鴨緑江節 – Bing video (東海林太郎)

詩子アナ:あの、私の家に春日八郎のレコードがありましたが。

歌樽先生:どんな歌ですか。

詩子アナ:「お富さん」とかいう歌だったようですが。

歌樽先生:「お富さん」はずいぶん流行りましたね。「粋な黒塀、見越しの松に・・・」若い人は知らないかもしれませんが。「別れの一本杉」という歌も大ヒットしましたね。「泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ・・・」NHKの紅白歌合戦でも歌っていましたね。

詩子アナ:東海林太郎さんは外にどんな歌が有名ですか。

歌樽先生:一番有名なのは「赤城の子守唄」でしょう。「なくなよしよし ねんねしな・・・」

詩子アナ:金素月はこの歌を聴いていたんでしょうか。

歌樽先生:この歌は昭和9年(1934)の歌ですから、どうでしょうかね。「枯れすすき」という歌を「船頭小唄」という題に替えた歌があるのですが、この歌は素月も知っていたようですね。

詩子アナ:どんな歌ですか。

歌樽先生:東海林太郎の歌で聴いてみましょう。

船頭小唄 – Bing video

詩子アナ:寂しい歌ですね。「俺は河原の枯れすすき・・・」ですか。素月がこの歌を知っていたというのはどうしてわかるんですか。

歌樽先生:「船頭小唄」を調べれば何か分かるかも知れませんね。素月は東京にいましたし、「枯れすすき」と書いたものが残っています。

第9問:「枯れすすき」という歌が流行ったころ、大変なことが起きました。それは次の内、どれでしょうか。

1)大水害  2)大地震  3)大火災  4)大空襲

詩子アナ:では、ちょっと「枯れすすき」を調べてみます。えっ!

流行歌の曲名。野口雨情(うじょう)作詞、中山晋平(しんぺい)作曲。1919年(大正8)楽譜出版。演歌師が歌い始めたが、22年のレコード化(第一号は京都・東洋蓄音器か)によって流行の端緒が開ける。そこで松竹蒲田(かまた)撮影所は、伊藤大輔(だいすけ)脚本、池田義信(よしのぶ)監督により、この歌に基づいた映画『船頭小唄(こうた)』を製作し、23年1月、東京・麻布松竹館で封切ったところ大当り。

「小唄映画」のはしりとなり、また主演女優栗島(くりしま)すみ子のレコードが10万枚以上ヒットするなど、ここに歌の流行が決定づけられた。しかし卑弱哀傷の詞曲のため、関東大震災の起こる原因になったとうわさされた。(『日本大百科全書』) 枯れすすきとは – コトバンク (kotobank.jp)

これは、大変、大大変!!

第9問:答は2)大地震、です。

歌樽先生:関東大震災が起きて、素月は実家に戻るのですが、祖父の反対で再度の渡日は出来ませんでした。

詩子アナ:ところで、今回の詩のキーとなるハングルをまだ伺っていないんですけど。

歌樽先生:そうでしたね。実は同じタイトルの詩ですが、1925年の1月1日に東亜日報に発表したものと、同じ年の12月26日発行の詩集『つつじの花』の詩とでは内容が微妙以上に異なっているんです。

詩子アナ:「微妙以上に」というのは全く違うという意味ですか。

Posted in

Leave a comment