ハングルの詩のある風景: 失題の秘密 第2回

 詩子アナ:「夕日」の歌といえば「ぎんぎんぎらぎら」のあの歌ですか。

歌樽先生:そうです。「ぎんぎんぎらぎら夕日がしずむ。ぎんぎんぎらぎら日がしずむ。」

作詞は葛原しげる、 作曲は室崎琴月です。

詩子アナ:この歌は1番だけなら、私、歌えますよ。

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歌樽先生:よく知っていますね。

詩子アナ:幼稚園で習いましたから。金素月と何かしら関連があるとしたらという仮定のもとに考えてみます。素月の生きていたのは、1902~1934年ですから、1)か2)ですね。

歌樽先生:なかなか鋭い推測ですね。

詩子アナ:いえいえ、これで鋭いといわれては困ります。素月の詩集『진달래꽃』が出版されたのは1925年ですから、何かしら関連付けるのであれば、それ以前ということになりますね。

第2問:答は1)1920年頃です。

歌樽先生:正解です。「夕日」という歌と当時の様子がわかる記事がありますよ。レコードの発売は1921年です。

詩子アナ:関東大震災はその2年後ですから、復興にも明るい歌が求められたのでしょうね。ところで、素月と関東大震災は何か関係があるのですか。

歌樽先生:では、そのあたりを見ておきましょう。

第3問:関東大震災の時、素月はどこにいたでしょうか。

1)ソウル 2)平安北道の郭山(素月の故郷) 3)大阪 4)東京

詩子アナ:関東大震災は1923年ですから、素月が21歳のときですね。素月は日本で学んだことがあるようですから、分かりました。

第3問:答は4)の東京です。

歌樽先生:そうですね。地震のあった時は東京にいましたね。

詩子アナ:関東大震災を経験したのですね。地震のニュースは素月の故郷にも伝わったのですか。

歌樽先生:大震災でしたからすぐに伝わったようですよ。ところが、大変なことが起こりました。

第4問:その大変なこととはなんでしょうか。

1)素月の下宿の家賃が3倍になった。 2)素月は大阪に避難した。 3)震災死亡者欄に素月の本名の「김정식」が載った。 4)素月が官憲に捕まった。

詩子アナ:どれであっても心配ですね。素月は無事だったのですか。

歌樽先生:無事でした。素月から無事だという手紙が実家に届いています。

詩子アナ:ニュースだと3)か4)で、個人の話なら1)か2)ということでしょうか。ショッキングなのは3)か4)でしょうね。官憲に捕まったとしてもすぐには連絡がこないでしょうから、分かりました。

第4問:答は3)の震災死亡者欄に素月の本名の「김정식」が載った、です。

歌樽先生:正解です。素月の叔母の桂熙永さんは『私が育てた素月』(章文閣:1969)の中で、素月のお母さんは毎日泣いていて、素月からの手紙が届いても、息子は亡くなったとばかり思って、しばらく開封もせず、喜ぶこともなかったと書いています。

第5問:では、だれが開封したのでしょうか。。

1)父親 2)母親 3)お祖父さん 4)叔母さん

詩子アナ:父親か母親かというのが普通だと思われますが、、、

歌樽先生:父親は素月が小さいころ、日本人の鉄道敷設工事人夫から暴行を受け、それ以来精神に異常をきたしたと言われています。

詩子アナ:これは、尋常ではないことが起きましたね。開封したのが父親でも母親でもないとすると、お祖父さんか叔母さんという訳ですね。金素月の家庭環境を知っておくことも詩の理解には必要でしょうね。

歌樽先生:そうですね。当時の時代背景の理解も必要ですよ。

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