オンマヤ・ヌナヤ 20

紙上中継[LIVE] ハングルの詩のある風景「オンマヤ・ヌナヤ」第20回

詩子アナ:どうして、「강변에 살자」ではなくて、「강변 살자」なんですか。これでは、「川辺に住もうよ」ではなくて「川辺住もうよ」となっておかしい気がするのですが。

歌樽先生:その通りですね。ところが、誰もおかしいとは思っていないようです。「강변 살자」という名前のペンションもあるようですし。

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=zemi00&logNo=60196457993

http://map.zum.com/zum/hub?ptype=p_detail&mk=MP1336047192310&oid=&p_eye=

詩子アナ:こういった省略は童謡とか詩だからということもあるんですか。

歌樽先生:それはあると思います。さっきの「かかさん」が歌詞にある「十五夜お月さん」は野口雨情の作詞ですが、ここでは「もらわれて」を「貰られて」と書いてあります。

http://j-lyric.net/artist/a00126c/l013274.html 

noguchi-ujo-15ya

詩子アナ:なにか果てしなく寂しい歌ですね。お母さんが亡くなったようで、お父さんもいないんでしょうか。童謡とは思えないほどですね。

歌樽先生:これと較べると「엄마야 누나야」は明るいですね。

詩子アナ:そうですね。希望がありますから。ところで、「貰われて」を「貰られて」のように言葉の数を合わせるために適当に変えてもいいのですか。

歌樽先生:無理なものは無理と考えるのがいいでしょうね。

詩子アナ:「강변 살자」はどうですか。

歌樽先生:「강변 살자」は原本には「江邊살쟈」と一語のように書いてあって、分かち書きをしていませんから、「강변살다」という動詞として認識していた可能性はあると思います。もう一つは言葉の性質上、一度納得できれば少し変でも分かったつもりになって、だんだんと抵抗が少なくなるというところもありますね。それで、一行目の訳詩はどうなりましたか。

詩子アナ:ママを使ってみました。それから助詞の「で」を入れました。

「ママ、姉さん、川辺で住もうよ」

歌樽先生:ママという語について考えてみましょう。

第53問:ママという語は日本でいつ頃から使われ始めるようになったのでしょうか。

1)大正(1912)以前から 2)昭和20年(1945)頃

3)昭和40年(1965)     4)平成(1989)以降

詩子アナ:私のおじいさん、おばあさんの頃だとして、昭和20年頃だと思います。

歌樽先生:実は意外と古いんです。

第53問:答は1)大正(1912)以前からといわれています。

詩子アナ:はあ、そうですか。ところで、私の訳詩の出来はいかがですか。

歌樽先生:「かか様、姉様、家は川辺ぢゃ」に比べると、子供にも分かりやすいですね。

詩子アナ:ヤッター!

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