2014-19 혼자서:一人で

第19回 題目:혼자서:一人で

「혼자서:一人で」は金素月の詩に何度も出てきます。ここでは『ツツジの花』という詩集収録された詩の111番目の「山有花」にあるものから取りました。

「山有花」以下のサイトでは61番目にあります。

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

61.   산유화

산에는 꽃 피네
꽃이 피네
갈 봄 여름 없이
꽃이 피네.

산에
산에
피는 꽃은
저만치 혼자서 피어 있네.

산에서 우는 작은 새여
꽃이 좋아
산에서
사노라네.

산에는 꽃 지네
꽃이 지네
갈 봄 여름 없이
꽃이 지네.

上の詩を角度を変えて見るとハングルが漢字の「山」という字に見えます。

①혼자서より二人で時を刻みたい(NO205)

誰かと一緒にいられることはそれだけで十分幸せでいられます。この句の作者はこのことを知っているのですが、現実はそううまくいかないようです。

②혼자서咲いて散る花は美しい(NO207)

そっと咲き、そっと散る、そんな花の命を美しいと言い切っています。素月の詩を筒にしてスパッと切った断面をみているような句です。

この句をハングル訳してみましょう。

혼자 피고 혼자 지는 꽃이 아름다워라

③혼자서도 何でもできる強い子ね!!(NO230)

何でもできる子とはどんな子なのでしょうか。強いけれど寂しい面を併せ持つ、そんな子かも知れません。頼り、頼られる関係ももてればいいですね。

④나 혼자서料理洗たく洗いもの(NO234)

一人で住んでいるのでしょうか、毎日なかなか大変なようですが、勉強も頑張っています。掃除がこの中にありませんが、掃除もやっているはずです。自宅が恋しくなることもあるでしょう。

⑤人間は生きていけない혼자서는(NO236)

孤立して生きていける生き物はありませんし、人も人との関係があって初めて人らしくなります。確かにこの句の通りです。

【人気の句】

⑥疲れたらたまには혼자서ぼーっとしよう(NO213)

この句が人気の句として選ばれたところを見ると、学生たちも疲れているのでしょう。そんなときには「ぼーっとしよう」という提案に何か暖かさを感じたようです。

2014-18 갈잎의 노래:葦そよぐ

第18回 題目:갈잎의 노래:葦そよぐ

金素月の『ツツジの花』という詩集に収録された詩の126番目の「엄마야 누나야」という短い詩があります。

以下のサイトでは30番目にあります。

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

30. 엄마야 누나야

엄마야 누나야 강변살자
뜰에는 반짝이는 금모래 빛
뒷문 밖에는 갈잎의 노래
엄마야 누나야 강변살자

①갈잎의 노래聞こえる土地に住みたいな(NO207)

「갈잎」とは「갈댓잎:葦の葉」のことです。「엄마야 누나야」の詩を踏まえて、「葦の葉の歌」の聞こえる川辺で住みたいという句です。

この詩は各行の3語目が「강변(살자)」「금모래( 빛)」「갈잎(의 노래)」「강변(살자)」とすべてが「ㄱ」の音になっています。

②風吹けばあなたの髪と갈잎의 노래(NO211)

葦の葉から髪がなびくことを連想した句のようで、類句もありました。葦の青くすくっと伸びたまま揺れる感じと長い髪の揺れは青春の場面を切り取ったような清潔感と緊張感が感じられます。

③갈잎의 노래ゆっくり時が流れてく(NO224)

自然の営みの中に葦がそよぐ姿を思い浮かべると、水の流れのように悠久の時を感じることもできるでしょう。作者は葦の生い茂った水辺をよく知っているのかも知れません。

この句をハングル訳してみましょう。

갈잎의 노래 세월이 유유히 흘러가네

④人間も葦なんだよね갈잎의 노래(NO226)

「人間は考える葦である」という有名なパスカルの言葉を思い出したようです。人は葦のように弱い存在ではあっても、ただ弱いのではなく、考えるというところに意義があるといった内容だと中学生のときに教わった記憶があります。この句の作者もずっと前に習ったことを思い出したのでしょう。

⑤갈잎의 노래そのすき間には何かいる(NO208)

群生した葦の中になにかが潜んでいると考えています。それは何でしょうか。葦と葦の間に何かがいても不思議ではありませんが、少し不気味な気もします。葦を切って束にして、浮き輪の代わりにして池で遊んだ覚えがあります。この句の作者は想像力が豊かなようです。

【人気の句】

⑥갈잎의 노래自然の音色癒される(NO210)

自然から離れた音が多いからでしょうか、自然に音に癒されるひとは多いようです。若い人たちも精神的な疲れがたまっているせいでしょうか、癒(いや)しを求めているようです。

2014-17 이 세상:この世

第17回 題目:이 세상:この世

金素月の『ツツジの花』という詩集収録された詩の58番目の「낙천(樂天)」という短い詩があります。次のサイトでは73番目にあります。

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

73. 낙천(樂天)

살기에 이러한 세상이라고
맘을 그렇게나 먹어야지,
살기에 이러한 세상이라고,
꽃 지고 잎 진 가지에 바람이 운다.

「楽天」というタイトルとはずいぶん違った内容ですが、この世を風刺した詩のようです。この詩では「이 세상:この世」という表現はありませんが、「이러한 세상:このような世の中、こんな世」が二度使われています。

①이 세상 では誰でも等しく風は吹く(NO204)

等しく吹く風は暖かいのでしょうか、冷たいのでしょうか、それとも交互に吹いてくるのでしょうか。一人だけに冷たい風が吹いてくるわけではないという意味もあるようです。

②이 세상 には苦難困難幸あり(NO219)

「苦難、困難」と並べたあとに「幸」が来て安心しました。原文には「幸ありし」とありましたが、「し」は取りました。どんなに大変な時期があっても、その時期を乗り越えると「幸」が待っていると考えらるようになれば、気持ち的にもずいぶん楽になることでしょう。この句の作者はこのへんの事情をよく理解しているようです。

③내 사랑아 이 세상 끝까지 함께 해줄래?(NO227)

「この世の果てまで一緒にいてくれる?」と恋人に問いかけている句です。どんな答えだったのでしょうか。すぐに答えられる人とそうでない人がいると思いますが、皆さんはどちらですか。

④이 세상 思い通りにゃいかんのだ(NO228)

確かにこの句の通りです。これに付け加える言葉がありません。先生に代わってお説教をしているような感じも、また自分に言い聞かせているような感じもします。

この句をハングル訳してみましょう。

이 세상 뜻대로 되지는 않는 법이야

⑤이 세상 には渦巻いている善と悪(NO235)

西欧には善なる天使と悪なる悪魔の対立といった見方があるようですが、ここでいう善と悪とは善なる行為と悪なる行為のことを言っているようです。日々の良いニュースで満ちればうれしいのですが。

【人気の句】

⑥이 세상 に産まれてきたこと感謝して(NO220)

平凡な句ですが、ストレートに感謝の気持ちが伝わったことと、自分もそう思っている人が多かったので、人気の句となったのでしょう。

2014-16 날이 저무네:日が暮れる

第16回  날이 저무네: 日が暮れる、日暮れかな

金素月の『ツツジの花』という詩集収録された詩の24番目の「맘 켕기는 날」という短い詩があります。次のサイトでは23番目にあります。

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

23.   맘켕기는날
오실날
아니오시는사람!
오시는것같게도
맘켕기는날!
어느덧 해도지고 날이저무네!

この詩をめぐって、いろいろな思いが寄せられました。

①待ちぼうけ いつのまにやら 날이 저무네(NO207)

「待ち人来たらず」という詩の内容を踏まえて、これを軽めに表現した句のようです。この句をハングル訳してみましょう。

바람을 맞아 어느새 해도 지고 날이 저무네!

②会いたいな あなた想って 날이 저무네(NO209)

これも詩の内容を踏まえていますが、待ち人への想いがストレートに語られています。

③날이 저무네 明日になれば 日が昇る(NO201)

これくらいしっかりした目で見られれば、失望することも間違うこともないようですが、それなりの悩みがない訳ではないようです。「日が昇る」と言い切れるような日々を送りたいものです。

④날이 저무네 母と手繋ぎ おうちまで(NO220)

夕日と母と子供という童話の世界の一場面を見ているようです。祖母から母、母から子へという長い世代の繋がりをも感じさせます。

⑤カラス鳴き 夕やけこやけで 날이 저무네(NO255)

午後5時になると町々でチャイムが流れてきます。「夕焼け小焼け」もよく聞きます。日本ではカラスが夕焼けや夕暮れとともに歌われるようになって久しいのですが、韓国ではほとんでカラスを見かけません。この句から童謡が聞こえてくるようです。

【人気の句】

⑥날이 저무네 待つ時間さえ 愛しくて(NO211)

待つと決めてしまえば、全てのものが愛しくなるのでしょうか。ここでは待つ時間さえ愛しくなると詠っています。このような昇華した愛の姿に共感したのでしょう。

2014-15 봄:ポム、春

第15回 題目:봄(ポム:春)

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

このサイトの目次は「110.수아(樹芽)」となっていますが、本文の方では「111.수아(樹芽)」となっています。

설다 해도
웬만한,
봄이 아니어,
나무도 가지마다 눈을 텄어라!

一茶の「目出度さもちゅう位なりおらが春」を思い出させます。

①봄来たり新たな思いと決意抱き(NO211)

春は新学期です。あれをやろうこれをやろうと新たな決意をもって新学期を迎えます。「よし、やるぞ!」という意気込みがしっかり伝わってきます。

②冬来たらあっという間に봄が来る(NO219)

11月だというのに台風のニュースで、季節感が狂っている感もしますが、四季の訪れを止めるわけにはいきません。あっという間に春という人もいれば、あっという間に50歳という人もいます。歳を取れば取るほど時間の流れが速くなるようです。

③봄が来る続いて来るぞ夏が来る(NO212)

時間に急かされている感じがよく出ています。「来る、来る、来る」が「クル、クル、クル」と回っているような気がします。考えてみると、恐ろしい句ですが、この恐ろしさは年を取るにつれて分かってきます。この句の作者はどこかでこのような時の営みを感じ取っているのでしょう。

この句をハングル訳してみましょう。

봄이 온다 곧바로 온다 여름이 온다

④봄봄봄出会いと別れの季節です(NO217)

「봄」というのは花のツボミが咲く時の音だと言われています。また動詞の「보다」の名詞形でもあります。「보다」には「見る」の他に「会う」という意味もありますので、作者はこの「会う」という意味に「봄」を掛けているのかもしれません。

⑤봄이 아니라 가을이야 지금 넘 춥네(NO227)

(春じゃなく秋だよ今は寒すぎる)

秋になって、春の句を詠めというのが無理だったようです。朝夕はぐっと冷え込むこともあります。風邪をひかないよう、気を付けましょう。

【人気の句】

⑥切実に季節も恋も봄を待つ(NO209)

「恋の季節」という歌が数十年前に大ヒットしました。1968年だそうです。恋を求める気持ちは昔も今も変わらないようです。いい恋をしましょう。

2014-14 하늘:ハヌル、空

第14回 題目:하늘(ハヌル:空)

金素月の『ツツジの花』という詩集収録された詩のなかに「제비」(ツバメ)という短い詩があります。

以下のサイトの「김소월 시선」に金素月の詩がおおく載せられています。

http://cafe.daum.net/ypchung/2Wyx/3447?q=%B1%E8%BC%D2%BF%F9%20%BF%BE%B3%B8

その87番目にあります。

87. 제비
하늘로 날아다니는 제비의 몸으로도
일정(一定)한 깃을 두고 돌아오거든!
어찌 설지 않으랴, 집도 없는 몸이야!

ちなみに、詩集『ツツジの花』では27番目の詩です。

この詩はテオドル・オオバネルの「故国」との関連が指摘されている句です。

興味のある方は「제비」(ツバメ)と「故国」(上田敏訳)を比較してみてください。
http://2style.net/misa/fuguruma/ueda/kai_53.html

①하늘は見てる消えゆく国も帰る燕も(NO207)

金素月の「ツバメ」とテオドル・オオバネルの「故国」を踏まえての句です。国がなくなる悲しみがテーマになっている二つの詩をこの句に収めました。

②いつか逝く하늘の上の波羅韋増雲(NO209)

テオドル・オオバネルの「故国」の上田敏訳に「波羅韋増雲:パライソウ」の語が見えます。これは「パラダイス」のことです。

この句では「いつか逝く」ことと。そこが「하늘の上の天国」であることの二つのことを言い切っています。

③鳥達が하늘を飛び交い帰路に着く(NO203)

どこにいても帰路につくことができるのは帰巣本能があるからなのでしょう。しかしそれも「巣」となるべきところがあっての話です。

④하늘という響きがいいななぜだろう(NO210)
「ハヌル」という語の響きが気に入ったようです。言葉の響きに触れられるのは外国語を学ぶ楽しみの一つです。

⑤つらい時하늘見ながら歩いてる(NO220)
どこか「上を向いて歩こう」を思わせる句です。
この句をハングル訳してみましょう。

힘들 때 하늘을 보면서 걷게 되네

【人気の句】

⑥離れていても世界の하늘はみな同じ(NO219)

離れていても、確かに하늘は一つで、同じです。同じ空の下なのに、世界は混沌としています。ニュースに接するたびに混沌の度を増しているように感じます。同じ空を平安で見上げたいものです。