第17回 ハヌル:하늘(そら) 変わり行く 하늘と私は 瓜二つ(NO125) この句は私の「変わり行く」ところと、空の「変わり行く」ところが瓜二つなのだと言っています。「男心と秋の空」とか「女心と秋の空」と言われますが、このことを詠んでいるのでしょう。 心変わりを「瓜二つ」と喩えられた「瓜」も気の毒ですが、諺に 참외를 버리고 호박을 먹는다(マクワ瓜を捨ててカボチャを食べる)があります。これも心変わりといえば心変わりと言えるでしょう。 韓国国立国語院の『標準国語大辞典』に次のようにあります。 [1] 알뜰한 아내를 버리고 둔하고 못생긴 첩을 취함을 비유적으로 이르는 말. 如才なき妻を捨て愚鈍で不器量な妾を娶ることを比喩していう言葉 [2] 좋은 것을 버리고 나쁜 것을 취함을 비유적으로 이르는 말. 良いものを捨て、悪いものを取ることを比喩していう言葉 以下のサイトに「참외」と「호박」の写真と説明があります。 http://www.samna.co.kr/tlreks/tls121.htm http://samna.co.kr/abcd/koa166.htm ビルの合間 하늘からの 光りは届かない(NO102) 「合間」は「谷間」のことでしょう。高層ビルが立ち並ぶ都会ではなかなか大空を見ることが難しいようです。日照権が問題となるのも多くは高層建築物のためです。 この句の作者は太陽の光りのことだけではなく、人と人との関係でもこのようなことが起こりうることを暗示的に表現しているように感じられます。 하늘高く 紙飛行機が 舞い上がる(NO109) 「하늘高く」といえば「ひばり」や「凧」を思い浮かべます。ここでは「紙飛行機」が舞い上がっています。 紙飛行機を高く飛ばすには、折り紙の飛行機では無理なようです。しっかりした竹の枠に紙を張り、数メートルのゴムを動力にしたプロペラ付きの本格的なものが必要です。 自分の作った飛行機が空高く飛ぶのを見ることは何ともいえない喜びがあるものです。 こんな句も 하늘高く 飛び立つ鳥は 何処(いずこ)行く(NO111) 「하늘高く」飛び立つこの鳥は「ひばり」ではないようです。ひばりはほぼ真上に飛び上がります。 自分はどこに行くのかと鳥の行方に自己の姿を重ねているのでしょう。空は人を映し出す鏡なのかも知れません。
ハングルの詩・時代と文化
兼若博士が金素月(1902-34)の詩と時代・背景を楽しく案内します

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