2013-12 만남:出会い

第12回 マンナム:만남(出会い)

 

春香と 夢龍の만남 素敵です (NO115)

「春香伝」の主人公の成春香と李夢龍の出会いは端午の節句の日です。

春香がブランコ遊びをしているところに夢龍が通りかかります。

この句の作者はこんな出会いを求めているのかも知れません。

ぜひ一度読んでみましょう。

以下のサイトで二人が出会ったとされる南原の「広寒楼」、ブランコなどがみられます。

http://www.seoul-mate.com/xe/kor_posting/19730

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=dakorea0820&logNo=90076443768

出会いの喜びを詠(うた)ったものに以下の句があります。

만남の 数だけかがやく 話あり (NO130)

毎日が 素敵な만남 あふれてる (NO107)

ドラマでは 만남はいつも 運命的 (NO101)

ドラマは出会いがないと作れません。偶然な出会いが、後になって必然であることが分かります。これを運命的というのでしょう。ドラマだけでなく、こうした出会いは身近にもたくさんあります。

韓国ドラマでは、出会い、事故、出生、病気などが偶然以上の頻度で出てくるようです。筋書きが分かっていてもドキドキしながら見ているのは偶然でしょうか、必然でしょうか。

これまでの 만남のお陰で 今がある (NO127)

いろいろな出会いがあります。この句の作者はそれらの全ての出会いによって生かされている今を大切にしています。また、感謝の気持ちもストレートに表しています。人のせいにしたり、言い訳をしたりすることをしない作者の生き方がよく出た句です。

만남を 経て少女はすぐ ゴールイン (NO102)

この少女とは誰なのでしょうか。春香のことなのでしょうか。春香は「二八青春(イパルチョンチュン)」で、16歳ですから、当時は立派な大人といえる年齢です。この「二八(イパル)」は「2×8=16」という掛け算になっています。

こんな句も

どう転ぶ? ケンタッキーとの この만남 (NO103)

「ケンタッキー」との「만남」とはあの髭のおじいさんが立っているお店のことなのでしょうか。毎日行っているのかも知れません。それとも特定の誰かのことを指しているのでしょうか。この先どうなるのか興味津々です。

2013-11 할아버지:おじいさん

第11回 ハラボジ:할아버지(おじいさん)

 

할아버지は 俺より時代 進んでる (NO111)

おじいさんが自分より進んでいる「時代」とは何でしょうか。未来を予測する力でしょうか、時代が要求する技術なのでしょうか、あるいは考え方なのでしょうか。この句の作者の할아버지は若くても60代ではないかと思われます。これからは「할아버지力」が問われる時代になるのかもしれませんが、そうなると若い皆さんの研鑽が今後益々求められるようになります。할아버지も「マゴマゴしてられない」と思っているのでしょう。

할아버지は 僕らの知らない 顔をもつ (NO102)

自分の知らない할아버지の顔とはどんな顔なのでしょうか。興味津々ですが、何かは分かりません。할아버지の知らない私の顔もあるのでしょうから、家族の知らない面があるからといって不思議ではありません。逆に할아버지の何を知っているのか考えてみると、これといって挙げられるものはあまりありません。しかし、この句の「할아버지」を「할머니:ハルモニ」に代えるとこの句は成り立たない気がしますから、할아버지でよかったと内心思っています。

할아버지は 床屋へ行って 髪切った (NO123)

齢を取ると頭の髪が気になってきます。할아버지がいつも床屋で髪を切ってもらうのであれば、この句を作ることはないでしょうから、할아버지の髪はふさふさとはしていないのだと思われます。何かがあって普段は行かない床屋に行って髪を切ってもらったのでしょう。お祝い事であればいいのですが、その反対の場合もあります。若い人が髪を切るのとは違った理由があったのでしょう。この句の作者はその理由を知っているのかも知れません。

할아버지と 共に過ごした あの夏の日 (NO129)

子供の頃の思い出は季節と結びついているものが多いようです。夏の日の思い出ということですから山か海か川に一緒に出かけたのか、あるいは夏休みに할아버지の家に泊まりに行ったのでしょうか。きっと할아버지に可愛がってもらった記憶とともに夏の日があるのでしょう。そして할아버지の記憶にも残っていることでしょう。

할아버지に 会えずに今日も 雪が降る (NO121)

雪の国に住んでいたのでしょうか。雪がなければ할아버지の家に遊びに行けるのに、雪で外に出られないのでしょう。今年は東京でも雪がたくさん降りました。ソウの方が東京よりも雪の降る回数が多いのですが、20センチを超える大雪はそれほど多くありません。歴代5位までの記録が以下のサイトに出ています。

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=dutchkorea&logNo=130180618222

こんな句も

할아버지は 山へ柴刈りに 行く (NO132)

「桃太郎」のはじめの部分のようですが、このように書かれたものを見ると、文句なく新鮮さを感じます。「柴」とは薪(たきぎ)のことで、おじいさんの家に行くと風呂焚き用の薪を刈りに近くの山に登った記憶があります。할아버지のきりっとした姿が見えるようです。

할아버지は 床屋へ行って 髪切った (NO123)

という句も

할아버지は 床屋へ行って 髪を切る

 とすると、할아버지の颯爽とした姿が思い浮かびます。

2013-10 할머니:おばあさん

第10回 ハルモニ:할머니(おばあさん)

 

正月は 할머니の家で お年玉 (NO127)

日本では新暦で正月を祝いますが、韓国では旧暦で祝います。年によって立春の前になったり、後になったりします。何歳ぐらいまでお年玉がもらえるのかは家庭によって違うでしょうが、成人になってもまだ学生だからといってもらっている学生もいるようです。

ハラボジよりハルモニのほうが言いやすいのでしょう。ちなみに、新年の挨拶を「세배」、お年玉のことは「세뱃돈:セベットン」と言います。

朝走る うちの할머니は 超元気 (NO106)

ハルモニは走るというイメージからはずいぶん遠いようです。それは、「꼬부랑할머니 (腰の曲がったお婆さん)」という童謡のせいかも知れません。以下のサイトで「이선희」の歌を聴くことができます。

http://www.youtube.com/watch?v=SRyd2ssrrm4

「超元気」という表現から、若者のほうが負けてしまっているような感じもします。ぜひ一緒に走ってみてください。ハルモニの本当の力を知ることになるでしょう。

ねえ할머니 教えて煮物の 作り方 (NO103)

煮物の作り方は母親からというのが普通なのですが、母親が忙しいのでしょうか、おばあさんから教わろうという作戦のようです。韓国では鍋料理が基本で、チゲの味も家ごとに違います。チゲといえば「キムチチゲ」「テンジャンチゲ」「トゥブチゲ」などが代表格ですが、最近日本でも「プデチゲ」が流行っているようです。

「プデ」というのは「部隊」のことで、野菜でも肉でも魚でもありません。肉の代わりにハムやソーセージなどを入れた軍隊での鍋料理からきています。「부대찌개」を韓国のサイトで検索すると美味しそうな「プデチゲ」がたくさん見られます。

こんな句も

我が할머니 頼りにするよ これからも (NO107)

頼りになる人がいれば、不安な時、困難な時にどのくらい心の支えになるかわかりません。頼りにされる할머니も頼りにされていることを知っているでしょう。

2013-09 우리 식구:我が家族

第9回 ウリシック:우리 식구(我が家族)

 

우리 식구 世界一 家族愛 (NO127)

「우리」は「私たち」、「식구:食口」は「家族」という意味です。何であれ自分の家族を世界一と言えるのは幸せなことです。家族愛で世界一であればなお更です。いつまでも世界一でいられることを願っています。

우리 식구 一発当てたい 宝くじ (NO108)

宝くじは買わなければ当たりませんが、買ったからといって必ず当たる訳ではありません。家族のうち誰かが宝くじを当てると大喜びですが、急に大金を持つと不幸になるという話しもよく耳にします。心配があっても当たる確率は低いので、ともかく当てたいという気持ちが先に立つのでしょう。当たったときにはくれぐれも注意しましょう。

우리 식구  家庭崩壊 大ピンチ (NO109)

子供が大きくなり、生活のスタイルが各自バラバラになって、分食(ぶんしょく:家族が別々に食事をすること)が始まり、進学や就職などで兄弟姉妹が別れ別れになり、家族間の感情の交流も少なくなり、疎遠になっていくという流れを直感的に感じ取っている句です。大ピンチにならないうちに何とかしたいという思いも感じられます。

類句に次の句があります。

成長し バラバラになる 우리 식구 (NO101)

こんな句も

우리 식구 血液型が みなちがう (NO119)

4人家族で血液型が皆違う場合があります。血液型による性格占いなども流行っているようですが、血液型がみんな違うと、とてもバラエティに富んだ家族といえるでしょう。

なお、血液型については次のサイトをご参照ください。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1068949045

2013-08 시어머니:姑-しゅうとめ

第8回  シオモニ:시어머니(姑-しゅうとめ)

 

イジワルな 시어머니いると ひと苦労 (NO111)

ドラマの姑(しゅうとめ)の意地悪なイメージが強いせいか、シオモニはあまりよく思われていないようです。しかし、ドラマ作家はあちこちに葛藤を作り出すことを仕事としています。そこでシオモニに働いてもらうという筋書きになるのですが、イジワルさを維持するのも実は一苦労なのです。

시어머니が 埃を吹いて 嫁が散る (NO103)

 日本では障子の桟に埃がよく溜まりますが、韓国の最近の家では障子に当たるものはみあたりませんし、姑が嫁を埃が溜まっているといって叱っている場面はあまりみません。

韓国のホームドラマでよく見る嫁姑の葛藤を「コブカネ カルトゥン(고부간의 갈등)」と言いますが、葛藤の材料は埃などの細かいものでなくても、そこここにありますので、この句は日本式の葛藤の表れを表したもののようです。

本当は 寂しがり屋だ 시어머니 (NO124)

シオモニは年を重ねるごとに内面は寂しくなるのでしょう。「本当は」ということはそのようには見えないけれど、といったニュアンスが感じられます。憎まれ役のシオモニであればなおさらのこと、寂しがり屋かもしれません。こうしたシオモニの心の一面をよく捉えている句です。

こんな句も

시어머니と 仲良く楽しく 暮らしたい (NO117)

誰しも仲良く暮らしたいと思うでしょう。シオモニとも仲良く楽しく暮らせればもう怖いものなしで、ルンルンです。このような希望とは裏腹な境遇も多いことからこのような句ができるのでしょう。