つつじの花 진달래꽃 15

サイバー中継: ハングルの詩のある風景

つつじの花  진달래꽃  第15回

詩子アナ:はい、わかりました。

第27問:2連以下、一緒にやってみます。

寧邊薬山(약산)  
진달래꽃
아름 따다 가실 길에 뿌리우리다

寧邊は薬山           寧邊にゃ薬山
つつじ花            つつじ花
摘んでは道に撒きましょう。   摘んで花道作ります

가시는 걸음걸음
놓인 그 꽃을
사뿐이 즈려밟고 가시옵소서

行く歩みごと          一歩行くたび
敷きし花            敷かれた花を
軽く踏みつけ行きなされ     しかと踏み踏み行きなされ

나보기가 역겨워
가실때에는
죽어도아니 눈물흘리우리다

私に会うのが嫌になり     会うもお嫌の
去ってお行きになる時は    別れなら
死んでも涙は流しませぬ    涙なんぞは見せまいぞ

歌樽先生:では、右側の粗訳を中心にもう一度みて、直してみましょう。

詩子アナ:ああ、ややこしや、ややこしや!すこし新しい感覚でやってみます。

逢うもお嫌の
お別れ話
何も言わずに見送るわ

寧邊、薬山
つつじの花を
摘み採りお道に撒きましょう

一歩行くたび
敷かれた花を
しかと踏みしめお行きなさい

逢うもお嫌の
お別れ話
涙なんかは流しませんよ

歌樽先生:掛詞もいくつか入っているようですね。

詩子アナ:はい、いろいろ考えてみました。

歌樽先生:いろいろと考えた跡が見えますが、詩という感じがしないのはなぜでしょうかね。

詩子アナ:そろそろ限界、玄海灘です。もう先が見えません。お腹も空きました。

歌樽先生:スンデのおいしいお店に行きましょう。訳詩はその後にしましょう。

つつじの花 진달래꽃 14

サイバー中継: ハングルの詩のある風景

つつじの花  진달래꽃 第14回

歌樽先生:それは微妙に違うでしょうね。微妙以上に違うこともありますね。

詩子アナ:微妙以上もですか。では、前回と前々回の内容をもう一度整理してみます。

①「見送る人」の本心と「去る人」への心情を分けて考える。

②「가시」が棘の意とすると、生と死を担っている。

③「가시는」の修飾関係が1925年の修正で変わっている。

④「사뿐이:軽やかに」と「즈려밟고:力を入れて踏みつける」のバランスが悪い。

⑤表面的には消極的だが、内に鋭い匕首(あいくち)が込められている。

歌樽先生:では、この調子でどんどんすすめましょう。

詩子アナ:まず、「가시는」では「去る人」には尊敬語「가시다:お行きになる、去られる」の連体形を用いつつ、一方「見送る人」の本心としては「가시는」が「心に刺さる棘」とも読めるようにしていることが挙げられます。

歌樽先生:「가시」が「棘」と読める根拠は?

詩子アナ:以前、私に「貸しを作られることにもなりますし」とおっしゃったのですが(第9回参照)、この「貸し」は実は「가시」のことだったんですね。

歌樽先生:それで?

詩子アナ:花とか植物とのかかわりをもつ言葉と同じ言葉を第18問(第9回)でやりましたが、タイトルの「진달래꽃」の「」だけからも、「가시」から「棘」を連想することは可能だと思われますが。「棘」は使い方によっては「匕首」にもなりますし。

歌樽先生:では「사뿐이」の方は?

詩子アナ:これが分かれば、第26問の答えになりますか。

歌樽先生:ほぼ、できるでしょう。

詩子アナ:では、お言葉に甘えてそうさせていただきます。

第26問:「死」の文字は「죽을 」といいますから、「사뿐이」は「死だけ」と同じ音になっています。

「見送る人」の側では「あなたが去ってしまえば私に残るのは生きる望みのない「死」だけのように感じられるのですが、「去る人」への心情は、見送る人の分身であるつつじの花には私の心に棘が刺さっているように棘があるので、「사뿐이:軽やかに」踏んでいかないと去るあなたに深く刺さってしまう、これは自分の本意ではないけれどといった心の葛藤が上の「사뿐이:軽やかに」と「즈려밟고:力を入れて踏みつける」のバランスが悪いという指摘を受けることになったと思われます。

歌樽先生:なるほど、これで第26問の答の軸はおおよそできたようですね。こうしたことを踏まえて訳詩することができればいいですね。では、やってみましょう。

詩子アナ:えっ!私が? 無理、無理、無理の十八里ですよ。

歌樽先生:久しぶりに無理、無理、無理の十八里が出てきましたね。18番のようですね。

詩子アナ:いえ、その2倍の無理、無理、無理、無理、無理、無理の36里の気持ちです。

歌樽先生:粗訳したものをまず並べてみましょう。

詩子アナ:並べるだけなら、すぐにできます。まず、1連です。

나 보기가 역겨워
가실 때에는
말없이 고이
보내 드리우리다

私に会うのが嫌になり 会うもお嫌の
去ってお行きになる時は 別れなら
黙ってそっと送りましょう。 黙ってそっとお見送り

歌樽先生:では、この調子で、2連のほうもやってみましょう。

詩子アナ:2連の短いほうの粗訳はまだやってなかったんですが。

歌樽先生:では、これをしていただきましょう。

第27問:2連以下も1連のように粗訳をしてみましょう。

 

つつじの花 진달래꽃 13

サイバー中継: ハングルの詩のある風景

つつじの花  진달래꽃  第13回

詩子アナ:ということは、ということは?

歌樽先生:詩の構造と関連させると?

詩子アナ:ああ、そういうことですか。Aは「가시는」と「발걸음」の間に「길」があるので、「발걸음」とはワンクッション置いてありますが、Bは「가시는」が直接「걸음걸음」に掛かっています。このBの文型であれば、「가시」を「棘(とげ)」と訳しうる条件を作っているように思います。

歌樽先生:なるほど。「가시는 길」では、「お行きになる道」としか理解されないけれど、「가시는 걸음걸음」では「お行きになる一歩一歩」という意味と、「棘は一歩一歩」と言う風に読めるということですか?

詩子アナ:そ、そうです。そういうことを言いたかったんです。

歌樽先生:では、この「棘」はどこにいったのでしょうか。ヒントになるかも知れませんので、

ここで気分をかえて「가시나무새」という歌を聞いてみましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=Y3Jyy4GtZQs

詩子アナ:歌っているのは패티김のようですが。

歌樽先生:そうですね。こんな歌詞です。

Screenshot_20180530-235010_1「離別(이별)」「サランへ(사랑해)」などでも有名ですね。

別の歌手のものも聞いてみましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=yFalDaFMj_E

詩子アナ:歌唱力がすばらしいですね。アリという歌手ですか。「가시나무(茨の木)(鳥)」というのはどんな鳥ですか。

歌樽先生:下のサイトにでていますから、チェックしてみればわかりますよ。

http://goodwhmakers.tistory.com/242

詩子アナ:はい。オーストラリアの作家のコリーン・マッカラの小説「The Thorn Birds」、1977年の作品に出てくる伝説の鳥で、生まれて一度だけ歌を歌う時に、棘の木を探し、最も鋭い棘を体に刺し、地上で最も美しい声で歌いながら死んでいくという話のようですね。さっきのアリの歌の最後は歌いながら死んでいく鳥の様子だったんですね、ジーンと来ました。

生まれは1937年ということは金素月が亡くなった3年後に生まれた方なんですね。

歌樽先生:すこし、気分転換になりましたか。では、本題に戻りましょう。

第26問:「가시는」「사뿐이」の意味の二重性をヒントに、「見送る人」の本心と「去る人」への心情を説明してみましょう。

詩子アナ:「見送る人」の本心と「去る人」への心情は同じことではないんですか?