紙上中継「ハングルの詩のある風景」
素月と「無主空山」 第6回
歌樽先生:詩子アナ作であることは分かっています。ただ、AIで調べてみるとどうなるか、やってみましょう。
詩子アナ:あのー、こんなことがあるのでしょうか。
第6問:「加藤楸邨(かとうしゅうそん)」とでてきました。
歌樽先生:検索機能によっては、他の俳人の名が出てくることも考えられますよ。ああ、ここですね。
「梅が香を比べてみつつ高尾まで」
https://share.google/aimode/JQLqP1ah6jwalRuNg
詩子アナ:あのー、そんな立派な句ではないのに、名の知れた俳人の句とされたのはなぜでしょうか。
歌樽先生:それはAIの機能の特殊性のためでしょう。
詩子アナ:私の句だと主張することはできないのですか。
歌樽先生:この句を詠むときに似たような句をいくつか作っていませんか。
詩子アナ:はい、いくつか作ってみましたが。
歌樽先生:では、それらの句の作者をAIに調べてもらいましょう。
詩子アナ:はい、やってみます。えっ!
「梅が香を探してけふは高尾まで」高浜虚子(たかはまきょし)
「梅が香を求めてけふは高尾まで」山口青邨(やまぐちせいそん)
「梅が香を比べ比べて高尾まで」松尾芭蕉(まつおばしょう)
歌樽先生:すべて事実とは異なりますが、何度か調べているうちに回答の内容も変わってきますよ。
詩子アナ:あり得ない!!
歌樽先生:一言言えば、俳人の句の世界とこの「・・高尾まで」句はまったく異質ですから、間違えるAIのほうに根本的な問題があるのです。
詩子アナ:異質さについてはAIは理解できないのでしょうか。
歌樽先生:AIは真実に近そうなものを探しているだけで、真実かどうかに関しては全く無関心なのです。無関心ゆえに時には真実の場合もあるのですが、真実かどうかだけでなく、異質かどうかの判断も現在の機能ではできません。
詩子アナ:私の句が誰か他の俳人の作と言われて、AIに対する不信感が増してきました。なにやら不穏な方向に行っているような気がしてならないのですが。
歌樽先生:これは察しが早いですね。このままでは誰もが自分の作ったものだと証明することが難しくなってしまいますからね。
詩子アナ:ミネルヴァのフクロウはもう飛び立っているのでしょうか。
歌樽先生:すでに飛び立っているかもかも知れませんね。昨今の世相を見ると世界中に何百羽、何千羽と飛び回っているかも知れません。
詩子アナ:ということは、黄昏時に飛び立つミネルヴァのフクロウと素月の詩の「夕べ窓辺に」来たミミズクは似たものと考えていいのですか。
歌樽先生:似ていますね。そのためにもフクロウよりもミミズクのほうを選択したのだと思われます。
詩子アナ:黄昏時にフクロウが飛び立つとどうなるのですか。
歌樽先生:「時代の終焉と総括」とでも言えばいいでしょうか。
詩子アナ:1925年とはどんな年でしたか?
歌樽先生:朝鮮の独立との関連では1925年6月に独立運動の取り締まりを目的とした「三矢協定」が日本側の朝鮮総督府警務局長の「三矢宮松」と中国側の警務処処長の「于珍」との間で交わされたことが挙げられます。
詩子アナ:取り締まりが厳しくなった訳ですね。
歌樽先生:厳しくなりましたね。そのあたりは「素月と鉄橋第12回」で確認しておきましょう。
詩子アナ:「時代の終焉と総括」の後はどうなるのですか。
歌樽先生:ヘーゲル流に言えば「時代の終焉と総括」の兆候でしょう。つまり、今の時代が終わり、新たな時代が到来することになりますね。
詩子アナ:ミミズクは明日の天気の話で出てきたのかと思っていましたが、そういう深い内容があったとは驚きです。フクロウが夕方にやってくればすぐに新しい時代が来るという期待があり、ワンクッション置いてミミズクにしたという素月の技巧で逮捕を逃れている訳ですね。
歌樽先生:そうですね。フクロウが来ると言えば大変なことになりますからね。本命のフクロウは表に出さず、フクロウが脇役として控えているということなのでしょう。
詩子アナ:実際にはフクロウは来ていないんですね。
歌樽先生:その通りです。来てはいないのですが、来るという認識はしているのでしょう。










